第5話 ナイスゴール
宙の通う東高では十月の上旬から中旬にかけて2週連続でイベントが開催される。それが球技大会と文化祭だ。
Jリーグのクラブチームのユースに所属する宙は、高校のサッカー部には所属せず授業が終わるとそそくさとクラブの練習へと向かう日々を過ごしている。当然ながらクラスで行なう文化祭の準備も不参加。そして文化祭の当日も練習と試合の予定があり不参加となる。
そんな宙に対して「少しは参加しろよ」という意見があることは彼の耳にも届いていたが、サッカーに賭けている宙はそんなことは覚悟の上だ。
だからこそ友人の酒井があれこれと気を遣ってクラスメートとの関係を取り持ってくれるのがありがたかった。
「よーし、この試合に勝てば総合優勝だ。宙、最後も頼んだぜ」
「任せとけって。絶対2組を優勝させてやる」
サッカーは8クラスによるトーナメント。宙は一回戦二回戦とフル出場し9得点と圧倒的な実力を見せていた。
試合は前後半各15分で行われる。各チーム常に女子を三人出場させることが義務付けられている。そして当然ながら学校行事なので激しいチャージは禁止だ。
試合は決勝戦にふさわしく一点をめぐる激しい攻防となった。過去のニ試合とは違い、相手チームにはサッカー部のレギュラーが四人いるため宙も簡単にはゴールを決めることが出来なかった。
「畜生、0対0か。さすがにサッカー部の奴ら手強いな。宙へのパスをことごとくカットされてるもんなぁ。後半どうするよ?」
「うん、ちょっと強引だけど、あのさ……」
宙は酒井の耳元に囁いた。
「オッケー。やってみよう」
酒井は大きく頷くと右手の拳を突き出す。
「頼んだぜ、相棒」
宙も同じように拳を突き出すとコツンと当たった。
二人は目を合わせてニヤリと微笑んだ。
後半も一進一退の展開が続いた。両チーム無得点のまま残り時間もあとわずかとなった。
力なく放たれた相手チームのシュートをキーパーの酒井が難なくキャッチした瞬間、前線にいた宙が猛然とゴール前まで戻ってきた。
そして酒井からパスを受けると怒涛のドリブルでフィールド中央を駆け上がっていく。華麗なステップで相手選手を抜き去ると、「させるかー」とサッカー部選手が3人がかりで宙へと距離を詰めてきた。囲まれそうになる直前、左足の踵でコツンとボールを後ろに蹴った。ヒールパスだ。そして右足を踏み込み、グッと体重を左に移動させると身体を翻して前へと加速する。
後ろヘ蹴られたボールはゴール前から上がってきていた酒井へのパスだった。酒井はワンタッチで左前方のエリアへ大きく蹴り出した。近くにいた相手選手が高く弾んだボールの処理に戸惑っていると、駆け上がった宙が上手く身体を入れてボールを収めた。
「よし行けーっ!」
「藤村くん、決めてー!」
グラウンド脇で観戦している2組の生徒たちから大きな歓声が上がる。
残るはゴールキーパーとディフェンダーの二人だ。相手はサッカー部のキャプテンだが遙か上のレベルを経験している宙の相手ではない。
ガッ!!
焦る相手から激しい当たりを受けた。バランスを崩しそうになるが、上手く身体を反転させマルセイユルーレットで相手を抜き去った。あとはキーパーの位置を見てシュートを打つだけだ。
――勝った
そう思った瞬間、目の前に人影が見えた。
――えっ!富永さん?何でここに?
「ドスッ」
「きゃあ!」
「バタン」
何故かそこにいた佐和は宙に体当りされる形となり弾き飛ばされてしまった。
宙も体勢を崩し倒れた。転々と転がるボール。相手ディフェンダーとキーパーがボールを奪おうとして猛然と詰めてきた。
――まずい!取られる
直感的にそう思った宙は上体を起こし目の前に転がるボールを蹴ろうと再びシュートの体勢に入った。
「!!」
軸足の左足首に痛みが走る。力が入らない。
「パコン」
宙のシュートが力なく放たれた。
――ダメか
誰もがそう思った次の瞬間、
「ポコン」
「痛っ!」
蹴られたボールは倒れていた佐和に当たりコースを変え、キーパーの股の下をコロコロと転がってゴールネットを揺らした。
先制ゴール!
そして長い笛が吹かれた。ゲームセット。サッカー優勝で2組の総合優勝が決まった。
「やったー!」
「勝ったー!」
「優勝だー!」
応援していた生徒たちが口々に叫びながら走り寄り、グラウンドに歓喜の輪が広がる。その横で宙は吹っ飛んだ佐和の眼鏡を拾い、バッタリと倒れている彼女に声を掛けた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「ナイスゴール」
「は?何のことですか?」
「優勝を決めたのは富永さんのゴールだよ」
「私は藤村くんの邪魔をして飛ばされて倒れてただけです」
「ははっ、確かにそうかもな。ま、でも、お疲れさん。俺たち優勝だぜ」
「はい。やりましたね。藤村くんのおかげです」
佐和は宙を見つめて微笑んだ。
「富永さん、顔面土まみれだよ」
宙は自分の右手をジャージで拭くと佐和に手を伸ばす。
「え?な、何を?」
一瞬戸惑う佐和。
宙はその右手で佐和の両頬に付いた土を払った。
「!!」
佐和は両頬が燃えるように熱くなるのを感じた。あまりのことに言葉も出ない。
「はい、眼鏡。富永さんて眼鏡が似合ってるけど、素顔もかわいい顔してるんだね」
と宙がしげしげと彼女の顔を眺めながら言った。
顔面から火が出るのでは思うほど顔が赤くなる佐和。全身が硬直したところでクラスメートの歓喜の輪に飲み込まれていった。
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