第3話 NO FOOTBALL , NO LIFE

「藤村くん!」


ある晴れた日の放課後、いつものように宙がクラブの練習に向かうため自転車置き場に来たとき、ひとりの女子生徒に呼び止められた。

彼女の名は高杉瞳。クラスの委員長で陸上部所属。短距離が専門で県大会に出場するほどの韋駄天だ。端正な顔立ちとスタイルの良さからか芸能プロダクションからスカウトされたこともあるらしい。ただ見た目とは裏腹に誰とでも気さくに話し笑顔を絶やさないことから、学年男女問わず人気で「東高のひまわり」と呼ばれている。

そんな彼女が珍しく深刻な表情を浮かべていた。


「あ、高杉さん。どうかした?」

「これから練習?」

「うん」

「ちょっとだけ……五分、いや三分だけいいかな?」

「あぁ、それくらいなら大丈夫。で、何?」


瞳は明らかに落ち着かない様子だ。自分の足元に視線を向けたかと思うと空を見上げたり、横に降ろした手をグーパーグーパーしては開いた手を胸に当てて小さく何度も深呼吸したり。

そのままの姿勢で呼吸を整えると「うん」と呟き、意を決したように頷いた。


「あのね、その、えーっと、藤村くんて付き合ってる人いるのかな、って」

「いや、いないけど」

「そ、そっか……。じゃあ、あの、もし良かったら、私、藤村くんの彼女に立候補してもいいかな……。だ、だから、私とお付き合いしてくれませんか?」


高杉瞳はその純情可憐な顔を真っ赤にし下唇を噛みながら右手を差し出した。その手は緊張からか小刻みに震えている。

これまでに何人いや何十人から告白されたことのある瞳だが、これが人生初の告白だ。


「…………!?」


突然の告白に驚いた宙だったが、ゆっくり息を吐くと目の前で俯く瞳に声をかけた。


「高杉さん」

「は、はい」

「ありがとう」

「はい。じゃあ……」


瞳の顔がぱぁっと明るくなった。


「ゴメン。とても嬉しいけど今はサッカーのことしか考えられないし、考えたくないんだ。だからゴメンね」

「……そっか、そ、そうだよね。こっちこそゴメンね。突然へんなこと言っちゃって……。サッカー頑張ってね。ずっと応援してるから。じゃあね」


瞳は早口にまくしたてるように言うと、くるりと背を向け小走りで去っていった。


「オイ、宙!」

「うわっ、酒井!いきなりびっくりさせるなよ」

「まさか高杉の告白を断るなんて。お前は東高のすべての男子生徒を敵に回したな」

「うっ……。でも仕方ないだろ、本当のことなんだから。付き合っても彼女に時間を割くことはできないし、付き合ったところで彼女を不幸にするだけだからさ」

「そんなもんかね?あんなに可愛くて性格も良くて同性からも人気がある子なんてそうそういないぞ。できるもんなら俺がお前の代わりに高杉と付き合いたいくらいだ」

「……」

「そうだ、ひとつ訂正しとく」

「何だよ?」

「お前が敵に回したのは男子生徒だけじゃなくて女子生徒もだ」

「って、敵ばっかじゃん」

「そういうことだ。覚悟しとけよ、このサッカー馬鹿めが。わかったらとっとと練習に行ってこい!」


酒井が宙の背中をバチンと叩く。


「痛ってー!はいはい。じゃあな!」


宙がグイッとペダルを踏み込むと一気に自転車は加速し、あっという間に校門を抜けて消えていった。

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