第2話 「はい!」

スピーカーから授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「起立、礼、着席」


その言葉通りに席に着くのは半分ほど。残りの半分は座ることなく席から離れ、仲の良い者同士で集まっては雑談に花を咲かす。

藤村そらは椅子に座るとフーッと大きく息を吐いた。長い前髪がふわりと舞い上がる。息を上に吐くのが宙のクセだ。

ひと息つくとロッカーから大きなザックを取り出し、机の中の教科書やノートを無造作に放り込んだ。


「宙は今日も練習?」


隣の席の酒井が声を掛けてきた。酒井とは小学校の時からの友人だ。


「あぁ、大会も近いんでね。初戦はフロントールが相手だから絶対に勝ちたいんだ」

「フロントールって、あの川崎フロントールか。強そうだな」

「うん。今までうちのユースは勝ったことないよ。でも今年はいい勝負できると思うんだ」


宙はこの街がホームタウンのプロサッカークラブのユースチームに所属している。後発のクラブではあるが元々サッカーが盛んな地域であったことと、育成に力を入れていることもあってトップチームより一足先に最上位のカテゴリーで戦っていた。


「そうか。じゃあ絶対勝てよ」

「もちろん!それはそうと球技大会の練習も文化祭の準備も不参加で申し訳ないな」

「まぁそれぞれ都合もあるわけだし、宙がサッカーに出てくれれば優勝間違いないからそれだけで充分だよ」

「おう、それは任せとけって。じゃ、また明日」


宙は茶目っ気たっぷりに右手をかざして敬礼ポーズをすると、「よっこいしょ」と大きなバッグを持ち上げて勢いをつけて背中に背負った。


「ドスッ」

「きゃあ」

「バタン」


一体何事かと振り向くと女の子が床に倒れており、その周りには星の写真や天文関係の本が散乱していた。どうやら宙のバッグにはじき飛ばされたようだ。


「あっ、ごめん。大丈夫?」


宙は背負ったバッグを降ろすと倒れている女子生徒に手を伸ばし、彼女の手首を掴むとヒョイと引っ張り上げた。


「あ、ありがとうございます」


真っ赤な顔をした彼女は消え入りそうな声で一言発した。眼鏡の奥のその瞳は下に向けたまま。動揺しているのか、何度もまばたきをしている。


「大丈夫? 怪我してない?」

「だっ、だ、大丈夫です!」

「本当?」

「ほ、ほ、本当ですっ!」


彼女は追及から逃げるようにしゃがみ込むと散乱した本を拾いだした。

宙もしゃがんで足元に落ちていた本を手にとった。


「『四季の星座』に『天文年鑑』へぇー、星好きなんだ? いい趣味だね」


宙のその言葉に、本を拾い集めていた彼女の手が止まった。そして宙に視線を向けて嬉しそうに「はい!」と微笑んだ。

やがて本を拾い終わるとペコリと頭を下げて去っていった。


「あんな子うちのクラスにいたんだね。知らなかったなぁ」


のほほんとした表情で独りごちる宙の横で酒井は驚きながら言った。


「なぁ宙、富永って俺たちと同じ南中出身。で、中学ん時も同じクラスだったんだけど……」

「富永さんていうんだ。へー、そうなんだ。富永さんかぁ」

「まぁ昔から学校イチの地味子ではあるけどさぁ。あのさ、宙、とりあえず同じクラスの奴の顔と名前は覚えような」


将来有望なサッカー男子の藤村宙くんと学年一地味子で天文女子の富永佐和さん。

これが二人の出会いであった。

いや本当は中学時代のはずなのだが、宙の中では高校2年にして初めて出会う世界線のようだった。

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