第10話 開拓者は道を拓き、強者はルールを作る

「ああは言ってたけど、結局東に行くんだな」

 ガタガタ揺れるウニモグ(Universal Motor Gerät(多目的動力装置)の略称で、60年以上の歴史からなる多目的作業用トラック。たいていの悪路なら走破できる。)に乗りながら、砦を目指す吉弘嬢。

「あ、お父様。私です。ええ、新しいシノg…商談が決まりまして、私の名義で手配してもらいたいものがあるのですが」

 と、先ほどからハンズフリーで誰かと連絡を取っていた。

 異世界で携帯電話が通じるわけがないのだが、女神との対話で

『私物だけ取寄せ出来ても、それを調達したり交換する方法が用意できないとか、神様は頭の中にウジ虫をお飼いになってらっしゃるのかしら(意訳)』的なやり取りを経て、神の気合で一日に10分だけ通話できるようになったらしい。

 そのため、日本の公道でないため法律の適用もないこの世界では運転中に通話しているのだ。

 日本の狭い道路網だと事故るので、通話する際には車を停めておこう。



 ※


「ここがアズサの峠ですのね」

 そういって到着したのは、

「早く、止めてくれ。とても生きた心地がせん」

 と、車に酔ったアキツラが50回ほど言った後だった。


 狭い海岸線というか崖路に近い通路の途中には少し広くなった場所を利用して石を積んで作った、関所兼砦ともいうべき要塞が並んでいた。

 要塞自体はそれほど大きくもなく、少し大きめの3階建てのアパート程度の規模だが、これに『足を踏み外したら海に落ちる』という条件が付くと途端に攻略難易度は上がる。

 正面突破で近づけば矢を飛ばされるし、楯で防いで突撃しても岩を落とされたり長槍で突かれれば近づくことすら容易ではない。

 扉を壊して砦を制圧するだけでどれだけの犠牲が必要となるだろうか?


 そんな砦が20も連なっているのである。

「これは遠回しに死んで来いって言われてるのも同然じゃねぇか」

 そう毒づくキスミだったが、ソーカも同じ気分だった。

 ただ、吉弘嬢だけが道の険しさを確認し、嬉しそうに

「これだけ狭くて険しければ大丈夫そうですわね」

 と、言った。


 そして、カーボンの楯を構えると、散歩でもするかのように単騎で砦に近づいていく。

「お、おい!ちょっと!」

 慌ててキスミが呼び止めるが、吉弘嬢は歩き続ける。

 砦のゴブリンが放った矢を楯で全てはじき返し、岩による投石が届くか届かないかギリギリのところまで来る。

 ここで、彼女を警戒して砦に残っていた魔物は運が良かったと言えるだろう。

 彼女が一人なのを侮って、5匹ほどの魔物が砦から飛び降りて襲い掛かった。

 だが、しかし。

 彼女は慌てず騒がず、砦の前で手を差し出し、こう言った。

「【私物取寄;産業廃棄物+生ごみ】」

 その瞬間。

 解体した木造家屋の廃材やグラスウール、分解したコンクリートブロックにまじって汚臭のする生ごみが土石流の如く、砦と、その前の道に雪崩落ちて来た。

 中くらいの市の廃棄物による20棟分の廃材と、10万人分の排出した生ごみが急に現れて、斜面に沿って転げ落ちて来たのだ。

「GIIIII!!!!!!」

 吉弘嬢の肢体に目がくらんだゴブリンたちは海に落とされ、砦とその手前は不快な臭いの充満するごみと、もろくて崩れやすい廃材であふれ出した。

 もはや、この砦に生物が生活する事はいかに頑丈なゴブリンでも難しいだろう。

 何故なら、細かいガラス繊維を含んだ断熱材のグラスウールは、皮膚にチクチク刺さるし、廃材は細かい棘に釘だらけで、靴を履いていても足に怪我をする。

 これに腐ったゴミが散乱すれば窒息死だって不可能ではない。

 さらに吉弘嬢は

「あと、汚泥とガラ(石や大きめのコンクリート)も積んでおきましょうか」

 と、土砂崩れの材料となる大量の土砂に岩を通路の入り口に取寄せた。


「道が…」

「一瞬で…」

「通れなくなっちまった…」


 わずか一分で封鎖された道を見て、ソーカたちは茫然と見たままの光景を口にすることしかできなかった。


「さ、これで魔物の皆さんは通れなくなりましたわ」

 いい仕事をしたと言いたげに吉弘嬢は言う。

 確かに、土砂を取り除く拠点となるであろう砦は使い物にならなくなり、道も塞がれた。

 これでは野生動物でも通行は難しい。だが、

「これじゃ、俺たちもとおれねぇじゃないか!!!」

 魔王退治をするのに、自分たちで道を塞いでしまった。

 パズルゲームならリセットボタンでやり直しとなる局面だ。

 だが、吉弘嬢は笑顔で

「道がないなら作れば良いじゃないですの」

 と、某王妃のようなセリフを口にした。


  ※


「えーと、ここがこの国で一番北西になるハイダテ山谷になります」

 と、ソーカが言う。

 地図上では、ここを直進すれば魔王城には一番近いことになる。

 まずは、手前の底が見えない谷。ロープを通そうにも対岸には矢も届かず、箸もかけられない谷で、下からは毒ガスのようなものまで噴き出しているのだったが、

 吉弘嬢は、先ほどと同じく

【私物取寄;廃墟のビル群】

 そういうと、城のような大きな建造物が20個30個と目の前に現れては下に落下していった。

 そのあまりにも非現実的な光景に、めまいがする思いだったが、

【私物取寄;洪水跡地の撤去予定土砂】

 と、大量の川砂岩を投下する段になって、谷はふさがっていた。


「さ、これで魔王様の城まで直進しましょう」

 最後は鉄板まで敷いて、車で元谷だった場所を通行していく。


 そして、一つの谷を通り終えたら

【私物取寄;先ほどの廃棄物、全部】

 と、後ろの通路の材料を目の前の谷に落とすのであった。


「めちゃくちゃだ…」

 この世界の当たり前の通行ルートを潰して、通れるはずのない道を通る勇者。

 もはや、発想が邪神に近いなとソーカは思うのだった。

 

 その言葉に、吉弘嬢は「あら」と、楽し気に笑い

「開拓者は道を拓きますけど、強者は従来のルールすら変えてしまうものなのですよ」

 滅茶苦茶に見えるのは決められたルールに捕らわれているからなのだと、目の前の化け物は楽しそうに言った。

 かくして、魔王軍は勇者に備えていた守備がほとんど無駄となり、勇者は何の妨害もない(できない)無人の道を一直線に魔王の城まで進んでいくことになったわけである。

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