第11話 勇者サマ快進撃

 マジノ線という言葉がある。

 第一次世界大戦でフランスはドイツと戦い互いに500万人の戦死者を出すという予想外の消耗戦となった。

 そのため、フランスは次の戦いに備えて、広大な国境に一定間隔で要塞を築くと言う、万里の長城のような巨大な防衛施設を築いたのであった。


 これには、膨大な予算と時間がつぎ込まれたが、その甲斐あって、マジノ線はドイツ軍を通す事はなかった。

 何故なら、ドイツ軍はフランスよりもさらに北部のオランダ、ベルギー、ルクセンブルクの低地諸国を侵攻して要塞を通らずにフランスに到達したためである。

 

 これは防衛拠点というものを設置する事の難しさを表していると言えるだろう。


  ※


 四天王の敗北は、瞬く間に魔王軍の間に知れ渡った。

 賢さはともかく戦闘力だけは評価されていた武闘派の筆頭が敗北したのだから、その衝撃は計り知れなかった。

 中でも一番驚いたのは魔王の参謀たちだった。


「たった一日で国内の同胞を一掃し、幹部まで捕らえられただと!」


 戦闘と言うのは兵士を集め、食料を確保し電撃的に行動すべき。

 それは分かっているのだが、その準備は煩雑だ。

 ただ兵を集めただけでは烏合の衆と同じ。それゆえに作戦が要る。

 作戦を進めるためには大将同士の情報の共有、最終的な目的、倒すべき相手、占領すべき場所や、逆に占領や殺害をしてはいけない情報も共有しなければならない。

 なのに呼び出されたその日のうちに戦果を出し、驚異的なスピードで全ての拠点を陥落させるなど信じられなかった。

 それに戦いには兵糧の準備も必要だ。

 兵士が携帯する食料は1~3日で尽きる。

 継続的に食料を輸送する算段も必要だ。補給線の手配から実行までにも半日はかかる。

 自分の領地を奪還する場合、食糧輸送はあまり考えなくて良いので即座に動けたのかも知れない。

 まあ、戦わずに入り口をふさいで無力化する、という反則な方法で無力化したなどとは彼らは知りようもなかった。

 中の魔物は閉じ込められているし。

「ええい!もはや食料は後からで良い。逐次投入になるが急いで兵をアズサ峠に派遣し、敵国内部に新たな拠点を確保しろ!!!」

 と、伝令を出す。


 そして、翌日、現地に向かった兵士と入れ違いで次のような報告がやって来た。


「アズサ峠の出口(人類から見たら入口)が土石と腐敗物で塞がれました!!!」

「ハァ?」

 自分で自分の進路を塞いだ。


 まさに自爆的な行動だが、これではこちらからも侵攻が出来なくなる。

「わからん。敵は一体何を考えておるのだ?」

 今まで戦ってきた常識的な相手とは全く違う相手。

 それこそ異星人とか、異世界人のような自分たちとは戦い方の系譜自体が異なる相手を敵に回す不気味さを参謀たちはこの時初めて感じたのであった。


 ※


「【スキル;私物取寄】」

 底の見えない谷が、また一つ、膨大な量の瓦礫で埋められていく。

 吉弘嬢は、今まで誰も侵攻不可能だと思われていた山岳谷を文字通り無人の荒野の如く快進撃していた。

 いや、無人どころかモンスターすら存在しないガチの空白地帯を進むだけなので単純に進むだけなのだが、魔物たちも深い谷には侵入できないため防衛のしようがなかった。

 逆に、魔族の防衛線、兼、進入路は瓦礫と生ゴミでふさがれ侵入不可能。

 関係魔物は「なんだこの腐臭は…」と、日本のとある市が輩出した一日のごみと廃材に覆われた砦を見て、茫然と立ち往生している。


「魔王退治の旅がこんなんでいいのかなぁ…」

 昔吟遊詩人が歌っていた勇者の冒険譚のような、幾多の困難と戦闘を超えた末に勝利を掴む感動のストーリーとは全く無縁な単なる土木工事に、キスミは勇者を待ち構えていたであろう魔族たちに申し訳なさすら感じていた。

「あら、無用な死者も出さず、建物の被害も最小で済むし、私には産業廃棄物の処理代がは…不要な物質を有効活用出来て、誰も犠牲を出さない最高の作戦ではありませんか」

「我が国は、ゴミの不法投棄場所では無いのですが…」

 さらっと商売までしている吉弘嬢にソーカが苦言する。

「あら、これでも不要となったビル群の処分費用を交渉したり、マニフェスト(この場合は処理委託した産業廃棄物が契約内容どおりに適正処理されたかを確認するための管理伝票)を帳尻合わせするための工作に頭を使ったり、色々と苦労したのですわよ。お父様たちが」

「何の言い訳にもなってないし、苦労しているのは父親だけじゃないですか!」

「よくわからんが、お主のような娘を持って大変だな、お主のお父様も…」

 ドワーフのアキツラが疲れた顔で言う。

 この程度の皮肉がこの勇者サマには全く通じないのは、この1日だけで充分に理解できている。


「えーと、あそこには金鉱脈がありそうだから、金を抜いて、この谷には中東の瓦礫を入れまして」

 と電卓を叩きながら、吉弘嬢は何かを計算していたが、彼女が何を企んでいるのかはこの時点では誰も知らないのだった。

 

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