第6話 魔物の住処を潰せ!

「どうやら、こいつらは西の洞窟から来たみたいだな」

 シーフのキスミが言う。

 彼らに付着した土とか足跡、道具と使用している石からの推測だ。

「さすがは、シーフ様。この世界のことに熟知されてますのね」

 と、吉弘嬢は感心したように言う。


まあな、とまんざらでもない顔で言った後、キスミは顔を引き締めて


「厄介な事に、この洞窟にはゴブリンだけじゃなくレッドキャップまでいるみたいだな」


 と言った。

 

  ※


 レッドキャップとはイギリスの伝承に登場する凶悪な妖精である。


 洞窟や城址に住み、長い髪、赤い眼、背の低い老人の様な姿をしており、赤い帽子と鉄製の長靴を身に着けているという。

 レッドキャップと言う名は、その帽子から名づけられている。

 なお、赤い帽子の染料は人間の血で染められたものだ。


 主力武器は斧。


 一人歩きの人間を見かけると、たとえ遠く離れた所にいても恐るべき速さで接近し、斧を振りかざして襲ってくる。

 そして、その血で帽子を染め上げることを至上の喜びとする。

 という都市伝説のような常人ではかなわない存在だ。

 この世界では、主に夜間に活動する事から、暗闇でも昼のように見えるらしい。

「暗所は奴らの独壇場だ。熟練の冒険者でも夜間や洞窟での奴らとの戦闘は避けると言われているな」

 キスミがそう説明する。


 そんな化け物がこの洞窟を拠点に夜な夜な活動しているのである。

 王国としては討伐したくても手が出せず、敵の拠点を指をくわえて見ているしかない状態だ。

「さて、その住処の位置は足跡から分かったけど、どうやって制圧するんだい?勇者様」

「そうですわね…」

 少し思案しながら、吉弘嬢はキスミを見て

「中に敵は何体いるとか、人間は何人か捕まっているとかはお分かりになりますか?」

 と尋ねる。

「あー。ちょっと待ってな」

 そういうとキスミは地面に耳をつける。

「入り口付近だけでも素足のゴブリンが9匹。鉄靴の音が7匹聞こえるな」

 奥の方はもっと、敵が潜んでいるかも知れない。

 狭い洞窟ではトラックによる襲撃も不可能である。

「悪いけど、レッドキャップと戦うってんなら、アタシは逃げさせてもらうぜ。あれとまともに戦ったら命がいくつあっても足りねえ」

 彼らの恐ろしさを知るキスミは言う。

 ドワーフのアキツラも無言でうなずく。


 賢者のソーカは

「精霊のお告げと探知スキルで探しましたが、中に人間はいないようです」

 と付け加えたが、洞窟への侵入は乗り気ではないようだ。


 すると吉弘嬢は


退


 と言った。


 その言葉に、3人は「はぁ?」と一瞬不思議な顔をして、キスミがうんざりしたように言った。

「はっ!洞窟に入らずにどうやって魔物を退治するってんだい!!!」

「勇者殿は洞窟の堅牢さをご存じないらしい」

 洞窟を住処とするドワーフであるアキツラも言う。

 先ほどのゴブリン退治で少しは実力を認めたものの、やっぱりお嬢様は根本的に実務がわかってない。

 2人はそう思ったが、吉弘嬢は

「今回の問題の本質は、『魔物が人に害を与えて困っている』ですわよね?」

 と、諭すように言った。

「ああ、だから悪さが出来ないようにギタギタに叩きのめして、倒すんじゃねぇか」

「いえ、もっと簡単でシンプルな解決方法がありますわ」

「は?何だよ。言ってみろよ」

 キスミがそういうと、吉弘嬢は周囲を見回し

「近くに川でも流れていれば水没させるのですけど…」

 と、さらりとプランAをつぶやき

「まあ、逃げられないように今回は別の手段で行きましょう」

 と言った。

 

「なあ、今勇者サマ。恐ろしい案を提案しなかったか?」

 とキスミが問いかけたが、実用できないプランは再考する必要はない。

 吉弘嬢の思考はすでにプランBにとんでいた。


「今回の目的は、魔物さんたちが外に出て人間に悪さを出来ないようにすれば良いのですよね?」

「ああ、そうだな。だったら何かい?お嬢様はお上品に、お話し合いでケリでもつけるつもりかい?」

 からかう様にキスミが言うと

「いえ、外に出られないようにしておきましょう」

 その言葉にアキツラはいやな予感がした。

「おい、それはどういう…」


 問いかける前に吉弘嬢は洞窟の前で

「【私物取寄!】」

 とスキルを使った。


  ※


「「「なんじゃこりゃあ!!!!」」」


 そこには、鋼鉄製の分厚い扉が現れた。

 直径3mはある円形の扉。頑丈な鉄格子に、巨大なハンドル。

 銀行の金庫の扉である。

 ズシリと重いハンドルを回すと油圧で扉が動き、閉まるタイプだ。

「これは私の金庫の扉です」

 しばらく使ってなかったので、こちらに使う事にしましょう。と、使っていなかった画鋲やロープでも設置するかのような気軽さで数千万円クラスの頑丈な扉を洞窟の入り口に置いた。


「「「え?これ全部、鉄製か?ええええ?」」」

 銀行の大金庫のような大型の扉を見たことがない異世界人3人は、鉄がふんだんに使われた扉をみて、信じられないという顔をした。


 ちなみに扉の厚さは1m。重さは22.5トン。

 砲弾ですらはじき返す厚さであり、生物の力で破壊するのは不可能に近い。


 あきらかに過剰すぎる設備を吉弘嬢は取寄せた。

『やりすぎだろ』という仲間の声が聞こえた気もするが、吉弘嬢は

「他に抜け道がないか、確認しましょう」

 そういうと、念のため、洞窟に煙を投入し、空気穴を確認する。

「GUGYAAAAA!!!!!」

 突然の煙に、レッドキャップたちが鬼のような形相で入り口に走って来た。


 そのスピードは100mを3秒で走るのではないかと思う程早く、命がけの形相であったが、金庫の内扉である鉄格子にぶつかって、その動きは止められた。

 ついでに、何匹かはそのまま心臓の鼓動まで止まった。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!っつ!!!!!!!!!!」

 ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!

 出せ!出しやがれ!!と言わんばかりに、レッドキャップは手に持った斧で鉄格子を乱打するが、鋼鉄の檻はびくともしない。

 悔し紛れに斧を投げるのもいたが、狭い鉄格子はそんな武器を通すわけもない。

 跳ね返って、かつて彼らが殺した人間のように、持ち主の頭をかち割っただけだった。


「では、扉を閉めましょう」

 と言うが早いか、吉弘嬢は金庫の扉についたハンドルを回す。

 放射状の多数のロック棒が油圧で動き、壁の穴に入り、扉は完全にロックされた。


「これで封印完了ですわ」


 にこやかな声で作戦の完了を宣言する吉弘嬢。

 こうして、王国を悩ます魔物たちの巣は封印されたのである。







 さて、これで、この話は終わりである。






 洞窟の奥の方で勇者を今か今かと待ちかまえていたレッドキャップたちはいくら待っても勇者が来ないので、様子を伺い、そして出られなくなった事に気がついて

「出セ!!出シテクレ!!!!」と、斧で扉をたたくが頑丈な扉はビクともしない。

 幾人もの人間の血を吸ってきた凶悪なる殺人道具は、刃はボロボロ。

 柄も折れて、たんなる鉄くずと化していった。



「洞窟って、入るのもでるのも大変なのですわ」

 だから、出入り口さえ塞いでしまえば封印完了。

「中の魔物はどうなるんだよ!」

 アキツラがたまらずに尋ねる。

「さあ?」

 吉弘嬢は仏のような笑顔で、小首をかしげた。

『戦わずして勝つ』という寝言が聞こえた気がする。


 かくして王国は勇者の活躍で魔物の驚異から守られた。

 と、後世の歴史書では不都合な事実を隠して、良い部分だけを書かざるを得なかったのである。

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