隠れ陣(かくれじん) 4 *

 カーギルが眉間のしわを深くして、冗談を言って笑うパシオンを見る。


 パシオンの部下兵が、言う。


なべの味つけを間違って不味まずいんなら、他の部隊のなべとすり替えりゃいいんで、まだよかったんです。


 でも今回はですね、なべじゃなくて、いわばそのぅ……そう、おかまが落っこちたんですよ!


 俺たちの目の前で、踊り子、っていうか、 踊り子に化けてたおかまの男が、崖から落っこちてしまったんです」


 驚くパシオン。


「ええええっ! そりゃ確かにすごく不味まずいな!


 怪我してるのか?」


「はい……


 ヒッポナス先生がさっき、頭が割れてる、とかいってました。


 これはだめかもしれない、って」


 部下の報告にパシオンは、変な踊りを踊るように、体と両手をわちゃわちゃ動かした。


 彼としては、頭が割れている、という事態にひどく動転して、ついやってしまった動作だったのだが、それを見たカーギルの眉間の皺はさらに深くなり、表情は険しくなる。


 パシオンが言う。


「げげげげ――――っ!!


 それは激不味げきマズだな、超、超、激不味げきマズだな! まいったな――っ。


 頭、割れちゃった、ってか。


 戦闘でも頭割られたりしたら、ほぼ死ぬよな。


 今、どこにいる? すぐ死にそうなのか?」


「ヒッポナス先生のテントです。


 治療をしてみる、とおっしゃってましたから、すぐには死んだりしないとは思うんですが」


 と、なんちゃって部隊の兵。


 パシオンはため息をついた。


「そっかー。ヒッポナス先生の腕次第ってところか。


 けど、頭が割れてるんじゃ望み薄かな……


 それにしても、おまえらもそんな、崖から落ちるまで、とことん追い詰めなくてもよかったのに」


「もちろんですよー。


 俺たちも、追い詰めるとか、崖から落とすつもりなんて全然なかったですよ。


 でも怖がって、悲鳴あげてる赤毛の娘をみんなでつかんでたら、その間に踊り子が落ちちゃったんです。


 あっという間だったんですよー」


 パシオンは腕組みをした。


「うーん、怖がって、かぁ。


 こっちは助けるつもりだったのに、逃げるほうはわからなかったんだろうなー」


 別の兵が、パシオンに報告していた兵をつついた。


「おい、おまえが『絶世美女の踊り子ちゃんは俺が捕まえる、邪魔するなよっ』なんて言ったから、余計に怖がって落ちたんじゃないのか?」


「なんだよー、おまえも『それはずるいぞ、ぬけがけだぁ』って叫んでたじゃないか」


「女だと思ってたからなぁー。


 男って知ってたら言わなかったぜ。俺は女専おんなせん美女専びじょせんだ」


 『なんちゃって部隊』の他の兵たちも、てんでに喋りはじめていた。


「だーれだ、狼のマネして怖がらせたのは」


「こいつこいつ、ガウガウッ」


「馬鹿いえっ、おまえだろうがっ」


「テヘッ、ばれたか、ごめんちゃい」


「可哀相になあ。


 下で見つけたときは、どばっといっぱい血が出て、全身真っ赤っかになってたぞ。


 怖がらせたやつ、反省しろよな」


「赤は赤字につながる、よろしくないな。


 真っ赤っかの帳簿、破産につながる、よろしくない」


「赤でもトマト(に似た野菜)の赤はいいぜ。


 俺は、トマト(に似た野菜)が好きだ!」


「おっ、トマト(に似た野菜)いいねぇ。


 炊事係、明日はトマト(に似た野菜)なべしようぜい」


「あんな怪我人見て、よくトマト(に似た野菜)なべとか食う気になれるなぁ、おまえら。


 俺はパス」


「トマト(に似た野菜)の赤に罪はないっ。


 みんなでトマト(に似た野菜)なべを食って、割れたおかまが助かるのを祈ろう!」


 パシオンは両手を上げて振って、部下たちの話を止めさせた。


「ああ、わかった、わかった、もういい。


 それくらいにしとけ」


 それから、肩をすくめて言った。


「まあ、『おかまを落とせば、割れちまって中身がもれて、真っ赤っかの出血大サービスになっちゃって不味まずいよ――ん』ってことを教訓にして、みんなこれからは気ィつけるよーに」


 つかつかとカーギルがパシオンに歩み寄った


 スパルタ人の怒りのこぶしが、コリントス人の頬に炸裂さくれつした。



――――――――――――――――*



人物と部隊紹介


● カーギル(27歳)……スパルタ・アギス王家の近衛隊長。

 クレオンブロトス王の、腹心の部下だった。

 スパルタ・アギス王家のアフロディア姫を捜している。


● パシオン(28歳)……コリントス軍第101いちまるいち小隊の隊長。

 別名『なんちゃって部隊』の隊長。

 良い声をしていて、話すのが好きで得意。


● 『なんちゃって部隊』……パシオンを隊長とする、コリントス軍第101いちまるいち小隊の別名。

 ペイレネの麾下にある。


 元々は、ぐうたらでちゃらんぽらんでへそ曲がりばかりの、やる気のない兵ばかりを寄せ集めた落ちこぼれ部隊で、コリントスでは皆に馬鹿にされて『なんちゃって部隊』と呼ばれていた。


 しかし、スパルタからコリントスに帰国したペイレネに見いだされ、その独特の能力を引き出され活用されて、特殊工作部隊として優秀な戦果をあげるようになった。

 今では誇りをもって『なんちゃって部隊』と名乗っている。


 陽気で楽しい連中だが、なんちゃって、の名のとおり、冗談やおふざけが過ぎるところがある。

 自分たちを認めてくれて、率いてくれるペイレネに心酔している。

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