第十九章 鍵をにぎる者

鍵をにぎる者 1

 ダリウス殺害事件のあった酒宴の、翌日。


 テバイ本陣の中央広場で、ペロピダスは、集まった部下兵に激怒して怒鳴り散らした。


「きさまらは一体、逃げました、分かりません、見つかりません、以外の言葉を言えんのかぁっ!!


 アフロディア姫と黄金獅子きんじしの時も、ずっとそれを言い続け、今度は踊り子までもだっ。


 おまえらは、ただの踊り子さえ見つけられん、捕まえられんというのか!


 このぼんくらの役たたずどもがっ!


 捕まえられるまで、何度でも捜せっ! 何がなんでも、捜し出せっ!


 今度手ぶらで戻ってきたら、かわりにきさまらの首をはねてやるから、そう思えっ!!」


 踊り子の捜索状況を報告していたテバイ兵たちは、顔色を失くしてすっ飛んでいった。


 それからペロピダスは自分の天幕に戻ると、剣を抜いて暴れまわった。


 テーブルが、椅子が、寝台が、衣装箱が、戸棚が、壺が……


 そこにあった全ての物が、強烈な怒りでみじんに打ち砕かれた。


 テバイ軍総司令官三弟ダリウス小隊長殺害、という大事件のため、あれからすぐに解散となった、昨夜の酒宴。


 話の成り行き上、『聡明かつ公平なる総司令官、ペロピダスさま』という面目を保つため、アテナイのフレイウス、コリントスのプロクテーテスら、お客の同盟軍のかたがたには、とりあえず丁重にお帰りねがった。


 その後で、こっそり大急ぎで出した踊り子捜索隊には、何の成果もなかった。


 今朝になって奴隷女たちの証言から、踊り子と一緒に逃げたという赤毛の娘の家が判明し、大挙して乗り込んだが、家には誰もいなかった。


 このように総力をあげて踊り子捜索をしているにもかかわらず、アフロディア姫と黄金獅子きんじしの場合と同様、やはり全く見つからないので、ペロピダスは激怒しまくりなのである。


 そして、三弟ダリウスのかたき、緑の瞳の踊り子に逃げられたこともさりながら、ペロピダスの激しい怒りのもとは他にもあった。


 それはあの、パシオンというコリントスの小隊長に、フレイウスはじめ皆の見ている前で詐欺さぎ同然に言いくるめられてしまった事だった。


 自分で思っていたより、かなり深かった酒の酔い。


 翌日になって酔いのさめた頭で考えてみると、いかにも公平で筋の通っていそうだったパシオンの言葉が、前半の証言の部分はともかくとして、後半の演説は、パシオン個人の勝手な主張を押しつけただけだった、ということに気づいたのだ。


 だいたい『あの踊り子なら、その気があればいくらでも、 後ろからダリウス小隊長の命を取る事ができた』などというのは、踊り子本人でなければわからないことだ。


 踊り子の舞を実際に見ていないペロピダスにとって、今となっては、パシオンの勝手な想像に思えた


 また、あのダリウスにたかが女が『剣士として正々堂々と挑戦して、勝った』というのも、パシオンが勝手に決めただけで、とうてい信じられぬ事であり不名誉でもあった。


 パシオンの弁舌のせいで踊り子に逃げる時間を稼がせてしまい、最初に事件の種をいたフレイウスの部下アルヴィの事もうやむやになった。


 残ったのは、三弟ダリウスが殺された、という結果だけ。


 こうなれば何としても自力で踊り子を捕らえ、なぜダリウスを殺したのか真相を吐かせたうえで、ずたずたに引き裂いてでもやらねば気が済まなかった。


 憎らしいフレイウスやその部下アルヴィ、おせっかいなパシオンの分まで。


 赤毛の娘の家で発見したという、デルポイ巫女の紫服を踊り子にみたてて、足で踏みにじりつつ原形をとどめぬまでに切り刻んでから、やっとペロピダスは刃こぼれした剣を放り出した。


 特大の嵐が過ぎ去った後のような総司令官天幕の真ん中に、あぐらをかいてどかっと座る。


 するとまるではかったように、するり、とひとりの人物が天幕に入ってきた。


 エパミノンダスである。


「どうだ、もう気が済んだか?」


 と、エパミノンダスに問われて、ペロピダスは威嚇する獣のように唸った。


「ヴ――――ッ!!」


 ため息をつくエパミノンダス。


「ったく、おまえって奴は、どうしてそんなに頭に血がのぼりやすいんだ。


 酒宴でも、フレイウスの挑発に乗ってかっかとするから、いつもより酒もよく回って、ろくに対抗して言い返すこともできなくなってしまうんだぞ。


 裏で俺がどんなにやきもきしてたか、分かるか?」

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