鍵をにぎる者 2 *
あぐらをかいて座り、上目づかいに睨みつけるペロピダスの前で、エパミノンダスが言う。
「ただフレイウスに、デルポイへの脅迫状とレウクトラ戦線同盟規約の、同一筆跡を指摘されたのは驚いたし、まずかったと思っている。
言っておくが、俺はあの脅迫状を書いて、
ところがデルポイの使節団長が『紛失してしまった』と言いやがったから、そのままになってたんだ。
デルポイめ、あの脅迫状をアテナイに渡していたとは……
デルポイ神託の影響力は大きい。あれもいずれ、何とかせねばならんな。
大金が必要になるな。そっちの工面も考えなくては」
ペロピダスが怒鳴る。
「うるさいっ! そんなことはもうどうでもいいっ。
それよりもダリウスの事だっ。 俺の三弟が殺されたんだぞ!!
おまえも親友なら、
エパミノンダスは、ゆっくり首を横に振った。
「兵たちに事情は聞いたが、あれは本人も悪い。
ようするに、酔っぱらって危険な女に手を出して、自ら身を滅ぼしたんだ。
ペロピダス、おまえも女好きだから、同じ
ダリウスの事は、あきらめろ。愚かな奴だったんだ」
「あきらめろだと? そんな事が出来るかっ。たとえ愚かでも俺の弟だったんだ!
もういいっ、きさまなんぞに頼みはせん!
俺ひとりでも、必ず踊り子を捕らえて
真っ赤な顔をして叫ぶペロピダス。
エパミノンダスはあきれた表情になって、腰に手をあて、天井を見上げた。
そのまましばらく考え、やがて呟く。
「ったく、馬には目先のにんじんが、どうしても必要か」
歯ぎしりしているペロピダスに視線を戻すと、おもむろに言った。
「じゃあおまえは、アフロディア姫を嫁にするのはあきらめるんだな?」
「へ?」
途端に、三角だったペロピダスの目が、くるん、と丸くなる。
エパミノンダスは、アフロディア姫に惚れている親友に向かって人差し指をつきつけた。
「おまえの頭は、逃げた踊り子の事でいっぱいだ。
そんなふうでアフロディア姫や
おまえは、おまえの気に入りのアフロディア姫を手に入れたいんだろうが。
それなら、アフロディア姫や
下唇を突き出し、ペロピダスがぶつぶつと言う。
「どっちも大事だ……」
「馬鹿っ! 踊り子を捕らえて殺したところで、ダリウスは生き返りやしないんだぞ!
それにもともと、ダリウスの独断行動のせいで、アフロディア姫や
あの大馬鹿野郎のせいで、俺の完璧で壮大な作戦が、最後の最後になってこのザマになってるんだ。
おまえだってあの時、何て言ってた?
降格くらいじゃ気がおさまらん、あんなうどの大木殺してやりたい、って言ってたじゃないか!
あんな奴、今さら死んでもさほど惜しくはなかろう」
「し、しかしな、殺してやりたい、と思うのと、殺された、というのとでは、意味がぜんぜん違うと思うし……」
しどろもどろになるペロピダスの
「今は踊り子なんか、捜してる場合じゃないんだ!
一刻も早く、アフロディア姫や
でないとこの
俺たちテバイが勝ったことにはならないんだ!
アテナイのフレイウスや、コリントスのプロクテーテスに出し抜かれてもいいのか?
俺たちの
え? どうなんだ、テバイ軍総司令官ペロピダス」
「うーん、ぐちょぬる脂肪肉団子が勝つのもいやだが、フレイウスの奴に勝たせるのだけは、絶対にいやだな。
奴はスパルタで、俺と姫との仲を邪魔したし、酒宴でもムカつくことばかり言いやがって、本当に憎ったらしい野郎なんだ」
エパミノンダスは、なぎ払うように片手を振った。
「だったらっ、踊り子のことなんかもう放っとけ!
アフロディア姫を手に入れて嫁にして、憎ったらしいフレイウスに勝つことだけを考えろ!
そこでおまえはこれから毎日、コリントス陣に通うんだ」
――――――――――――――――――*
人物紹介
● ペロピダス(32歳)……レウクトラ戦線、テバイ軍総司令官。
女好き。威勢のいい女が特に好き。
スパルタのアフロディア姫に惚れていて、嫁にしたいと望んでいる。
● エパミノンダス(30代?)……テバイ軍の参謀長。野心が強く、頭がいい。
『斜線陣』『神聖隊』をつくり、スパルタ軍に勝利した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます