鍵をにぎる者 3

 エパミノンダスの言葉に、きょとんとするペロピダス。


「どうして俺が毎日、コリントス陣に通わなくちゃならないんだ?」


 エパミノンダスはじれったそうに言った。


「思い出せ! 昨夜の酒宴の時の事を。


 重要な話が出ただろうが。


 あの席に、黄金獅子きんじしやアフロディア姫の行方についての、鍵をにぎっている者がいたのを思い出せ!」


「あっ、そうだった、忘れてた」


 ペロピダスは、ぽんと膝を叩いた。


「プロクテーテスの娘ペイレネが、長いことスパルタに人質にとられてたんだ」


「そうだ、正解!


 くだらん事に気を取られてるから、そんな重大なことを忘れるんだぞ、ペロピダスよ。


 なのでおまえは毎日、コリントス陣に行って、ペイレネに言い寄るふりをして色々と聞き出すんだ。


 その中にきっと、行方不明のふたりの手がかりが見つかるはずだ。


 ペイレネと話した内容は、一言一句いちごんいっく、全部おぼえて帰って俺に報告しろよ。


 絶対だぞ!」


 現金なもので、女好きのペロピダスはこの作戦に、早くも鼻の下を長くしていた。


 嬉しそうに言う。


「なあよう。


 俺、ふりじゃなくて、ほんとにペイレネに言い寄ってもいいかな?


 あのペイレネも美人で威勢が良くて、いい女だよな♡」


 エパミノンダスはぎゅっと目をつむった。


 額に片手を当て、もう片方の手を犬でも追い払うように振った。


「ああああ、もう好きにしろ。


 毎日通って会話をおぼえてきて、俺に報告できれば、あとは何でもいい!」



                    ◆◆◆



 酒宴の翌日、テバイ本陣でペロピダスが怒りまくって暴れたり、エパミノンダスに説得されたりしていた頃。


 レウクトラのとある山の中。


 なんちゃって部隊によって保護されている、に着いたペイレネは、パシオンに昨夜の事のあらましを聞き、腫れ上がった頬を指さしてカーギルの非道を訴える彼に、ずばりと返した。


「カーギルに殴られたのは、仕方ないわね。


 崖から落ちて深刻な怪我人が出ているのに、おまえが不謹慎ふきんしんで余計なことを言うからよ」


 しゅん、とうなだれるパシオン。


 意気消沈いきしょうちんの見本のようなその姿に、この男のことだから半分は演技だろう、と思いながらもペイレネは可哀相になり、パシオンの二の腕を軽く叩いた。


「でも話を聞いた限りでは、崖から落ちた件は、レジナという娘との感情のもつれが先にあって、そのあと不運が重なって落ちたみたいね。


 こちらに責任がないわけじゃないけど、全面的にこちらが悪い、とは言えない感じよね。


 テバイの手から踊り子を助けようとしたおまえの判断自体は、適切だったと思う。


 テバイの手に捕まれば、確実に処刑されてしまったでしょうから。


 それから、昨夜のおまえの演説は立派だったわ。感心したわよ」


 すると陽気な男パシオンは、落ち込みからすぐ回復した。


 首の後ろに片手をやって、にこにこと笑う。


「いやあ、ペイレネさまにそう言ってもらえると、救われます。


 演説、気に入ってもらえましたか。


 自分でも、即興そっきょうにしてはいい出来だったと思ってるんです」


「あの演説は、どこまでが本当なの?」


「すべて事実です。嘘は言ってないですよ。


 酔っ払いとはいえ目撃者はたくさんいるんだし、嘘なんて言えません。


 こっちに有利な解釈で焼いて、大衆にウケるような味付けをして、体裁よくお世辞のクリームをのせはしましたがね、ヘヘッ」


「素材は『ほら貝』じゃないけど、料理人は『イカさまシェフ』ってとこかしら」


「あははっ、ペイレネさまも言うようになりましたねぇ。頼もしいです。


 『イカさまシェフ』は名コックでしょう?


 料理店『なんちゃってい』は、お客さまに満足していただける料理を、たいていはご用意いたしております。


 本日のおススメは、シャッキン鳥の追い払い焼きゴマ化しソースかけ、でございます」


 給仕のしぐさをして軽口をたたくパシオンに、ペイレネはクスクスと笑った。


 が、すぐに真面目な難しい顔になって、せかせかと歩き出す。


「私の方はさんざんだったわ。


 酒宴でアフロディア姫の行方を探るどころか、お父さまのとんだお喋りのせいで、これからはテバイにもアテナイにも目をつけられてしまう。


 ここにもあまり来られなくなるし、長時間はいられなくなるわ。


 こんなことなら、私は酒宴に行かなければよかった。


 そのレジナっていう娘に、早くアフロディア姫のいる場所を聞き出さなくてはね」


 そう言いながらもペイレネの足は、レジナのいる診療用のテントの方に向いてはいない。


 彼女にとって、とても大切な場所に向かっていた。

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