鍵をにぎる者 4

 ペイレネの横を歩きながらパシオンが言う。


「なかなか大変ですよー。ひどく頑固な娘なんです。


 今朝早くにあの娘……レジナが目を覚ましてから、テバイ陣の酒宴に行った理由や、ティリオンが崖から落ちた前後の事情は、涙ながらに話してくれたんですが、アフロディア姫さまの居場所は教えてくれないんですよ。


 ティリオンの許可が出ない限り、お姫さまのいる場所は絶対に教えられない、とずっとがんばってるんです。


 あんな頑固な娘が相手じゃ、カーギルみたいな口下手くちべたが、とてもじゃないけど聞き出せるものじゃないですよ。


 拷問で逆さにでもぶら下げて、ゲロゲロ吐かせるのなら、奴ならうまいでしょうがね。怖い怖い、ヒヒヒッ」


「そんなこと言ってると、またカーギルに殴られるわよ、パシオン」


 パシオンは赤く腫れている頬に手をあて、首をすくめた。


「あ、デスネっ、気をつけないと。


 あいつ、やたらと短気で怒りっぽいからな。


 諧謔かいぎゃくってものを理解しようともしないスパルタ人だから、しょうがないけど」


 ペイレネは眉をひそめた。


「それは違うでしょ。


 あなたたちのは諧謔かいぎゃくを通り越して、無分別むふんべつまで行っちゃうから、みんな怒るの。


 コリントス人でも怒るわよ。時と場合を考えて、ふざけてもいいかどうか判断できるようになってほしいわ。


 あなたたちのノリについていけない人は多いのよ。


 ああそれから、今朝、コリントス本隊の食料庫からトマト(に似た野菜)をちょろまかしたのは誰?


 倉庫番から苦情を言われたわよ」


「うほほっ、早速やらかしくれてんのかい。


 心当たりはありますんで、注意しときます」


「『なんちゃって部隊』の力を発揮するのは、たたかいで作戦行動する時だけにしてほしいわ」


「どーもすみません。


 ペイレネさまには、いつも多大なご迷惑、ご苦労、面倒な後始末をおかけしております」


「わかってるなら、しっかり指導を頼むわよ。


 で、ティリオンの容態は、どうなの?」


 口調を変えて尋ねたペイレネに、首を振るパシオン。


「ティリオンの容態のことは、全然わかりません。


 ヒッポナス先生がきつく、面会謝絶を宣言してるんで。


 朝からカーギルも私も、ひとめ顔を見るだけでも、とだいぶ粘ったんですが、


『汚いおまえらに見せて、傷が悪化してもしもの事になったら、おまえらの責任だからの!』


 とまで言われたんで、あきらめました」


 ペイレネの顔が暗くなる。


昨日きのうの夜、崖から落ちて、まる一日もたってないですものね。


 面会謝絶は仕方ないかもしれないわね。


 ヒッポナス先生のおっしゃることには従ってちょうだい。


 クレオンブロトスさまのかたきの一人、ダリウスのくそったれ畜生野郎を殺してくれた恩人を、絶対に死なせるわけにはいきませんからね」


 『くそったれ畜生野郎』などと、大貴族のご令嬢ならとても口にしないような汚い言葉に、ニヤついたパシオンが、ピュゥッと口笛を鳴らす。


 ペイレネがじろり、と横目で睨んできたので、パシオンはあわてて別の方向に話を振った。


「ええっとぉ、しかし、あのティリオンにはびっくりしましたよ。


 剣の舞つるぎのまいも素晴らしかったが、とにかく、どえらい美人だった。


 アテナイの若い士官とテバイのダリウスが、決闘して取り合いをしても、十分納得できるほどのすこぶるつきの美人でしてね。


 ただ、ダリウスに腕をやられた時、女らしからぬ変な声で悲鳴をあげたんで、あれっおかしいな、とは思ってたんです。


 ほら、私は声には一家言いっかげん持ってますから。


 でも、あのすごい美貌ですから、まさか、と。


 そしたらダリウスを刺した後、完全に男の声で『クレオンブロトスさま……』なんて言うもんだから、ホントにたまげました。


 ええっ、この美形、男なのかぁぁ!! って思わず叫びそうになって、口を押さえましたよ」


「おまえの他に、ティリオンのその声、聞いていた者はいないでしょうね?」


「はい、大丈夫でしょう。


 広場のテバイ兵は全員、酔っ払ってましたし、私だって、たまたま踊り子……ティリオンが、ダリウスの肩から私のすぐ前に着地してこなかったら、聞こえなかったほどの小さな声でしたから。


 酒宴にいた連中は、今でも女だと思ってるはずです。ペロピダスもね」


「そう、よかったわ」

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