隠れ陣(かくれじん) 3 

 ヒッポナス医師に付き添われて、ティリオンと赤毛の少女が運ばれていった。


 カーギルは、ふたりを連れてきた『なんちゃって部隊』のコリントス兵たちに詰め寄った。


「これはどういう事だっ、どうしてあんな事になった?!」


 コリントス兵たちは困った顔になった。


 ひとりが、頼り無げに話し始める。


「えーと、我々の見たり聞いたりした限りでは……


 事の発端ほったんは、あの重傷の男が、テバイ陣の酒宴で踊り子に化けて踊っていたことなんです。


 すごい美人の踊り子だったんで、アテナイの若い士官がまず目をつけて、追っかけてきた。


 次にテバイのものすごくでかい士官が、踊り子を捕まえて、この女は自分がもらう、と言い出した。


 それでふたりが決闘になったんです。


 決闘はテバイの士官が勝ったんですが、そのあと踊り子が……つまりあの重傷の男が、そのテバイの、熊のような片腕の士官を殺したんですよ」


「なんだとっ!!


 テバイの熊のような片腕の士官を殺した、だとっ!!」


 カーギルにはそれが誰か、何を意味するのかがすぐわかった。


 『レウクトラの戦い』のとき、あの林で、クレオンブロトス王を大量のテバイ兵に押さえつけさせ、部下の兵ごと王の腹を刺した、ダリウス、と名乗った熊のようなあの男だ。


 部下ごと刺す、という上官のとんでもない所業に、群がっていたテバイ兵たちが恐れて逃げ出し、その間隙にカーギルとクラディウスが王のもとに駆け付けようとしたのだが、カーギルはももを矢で射られ。途中で転倒してしまった。


 クラディウスのみが間に合って、ダリウスの大剣を受けた。


 が、ぼろぼろになっていたクラディウスの剣が折れ、ダリウスに斬られた。


 クラディウスがその命で稼いだわずかの時で、腹をやられながらもクレオンブロトス王が体勢を立て直し、次の瞬間、ダリウスの右腕を斬り飛ばしたのを、カーギルはその場で見た。


 つまりダリウスは、クレオンブロトス王とクラディウスの直接のかたきだった。


 カーギルには、ティリオンがなぜテバイ陣にいて踊り子に化けていたのか、などの事情はコリントス兵たちと同様にわからなかったが、結果的にティリオンが、ふたりのかたきをとってくれたことはわかった。


 コリントス兵は頷いた。


「はい、そうです。


 あの重傷の男が、テバイの熊のような片腕の士官を殺して、赤毛の娘と馬で逃げたんです。


 するとパシオン隊長が、自分がここで他の追っ手を足止めする。


 その間に、ふたりの後を追って確保しろ、と。


 そして確保したら丁重にここに連れてくるように、と命令されました。


 それで我々は命令に従って、ふたりを追っかけました。


 そしたら……」


 だんだん言いにくそうになって、黙ってしまうコリントス兵。


 ふたりを追った他の、5、6人のコリントス兵たちもうしろめたい様子で、ちらちらとお互いに視線をかわしあっている。


 スパルタ人カーギルが、灰色の目で睨みつけ、荒い声で先を促す。


「そうしたら、なんだっ。どうしたというんだ?!」


 そこへ馬蹄ばていの音が聞こえてきた。


 やや離れた場所で馬から降り、皆の注目する中、早足でやって来たのは『なんちゃって部隊』のパシオン隊長。


 たいまつにあかあかと照らされたまわりを見、開口一番かいこういちばんに言った。


「おいおい、こんなにド派手にたいまつたいちゃ、見つかっちまうぞ。


 他の国からもからも、俺たちゃ何かと疑われてるんだ。


 なんちゃってー、で誤魔化すのが身上しんじょうの俺たちだって、そうそう毎回、成功するわけじゃないだろ。


 地味ぃにやってくれよー」


 『なんちゃって部隊』のコリントス兵たちがパシオンを見て、一斉にほっとした顔になり、くだけた言葉づかいに変わる。


「ああ、ちょうど良かった。隊長ぉー」


「おかえんなさーい、隊長ぉー」


「助けてくださぁい。めっちゃ困ってるんですよぅ」


「ん、どうした? あのふたり、確保したか?」


 と、呑気そうにきく、パシオン。


 『なんちゃって部隊』のひとりが、頭をかく。


「はい。確保したことは、確保したんですが……


 すごく不味まずい事になっちまって」


「すごく不味まずい事?


 なべの味つけでも間違えたか? はははははっ」


 『なんちゃって部隊』の隊長、陽気な男パシオンは、自分のくだらない冗談に自分で笑った。

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