隠れ陣(かくれじん) 2

 慎重に地面におろされた担架たんかに、蒼白になって屈み込むカーギル。


 そして大声で怒鳴った。


「怪我人はこの人だけかっ、他にはいないのかっ?!」


 担架を運んできたコリントス兵のひとりが、驚いた様子で言う。


「えっ、ええ、そうです。この者だけです。


 この者を知ってるんですか?」


 質問には答えず、質問してきた兵にたいまつを押しつけて持たせ、ティリオンの傷の具合を見ようと、カーギルは素早くかけ布をめくった。


 右腕が、肩から奇妙な角度に曲がっていた。 このため、右側を上に横向きに寝かされていたらしい。


 上半身が裸の体は、切り傷がたくさんある。


 下半身にもかなり傷があるようだったが、木々に隠され覆われたかくじんは暗いうえに、ズボンの残骸らしきものが多量の出血にまみれて張り付き、よくわからない。


「だめだ、よく見えん!


 たいまつを、もっとたいまつを燃やせ!」


 さっきとは逆のカーギルの指示に、たいまつを消したばかりのコリントス兵が不満の声を出す。


「でも、ここが見つかっちゃうといけないから……」


「見つかってもかまわんっ、早くしろっ!!」


 びしっと言い放たれた言葉にびっくりして、コリントス兵はあわてて、消したたいまつにもう一度、火を燃やし始めた。


 そこへ、小柄な人物がカーギルの部下に先導せんどうされて走ってきた。


 コリントス人の老医師、ヒッポナスである。


「ヒッポナス先生っ、早く、早くっ!


 早くて、手当てをしてください。崖から落ちたんですっ!」


 肝のすわった男と認識しているカーギルの、常にない切羽詰まった声に、老医師ヒッポナスが怪訝けげんな顔をしながらも、屈んで怪我人をる。


 ヒッポナス老医師の眉間に、険しいしわが寄る。


「うーむ、出血がひどいのう。


 崖から落ちた、と言ったな。衝撃で内臓や骨が割れておるとまずいの。


 木の枝で、全身をかなり切っておるな。


 右肩は、脱臼しておるようだ」


 難しい表情のヒッポナス老医師に、カーギルは嘆願した。


「どうですか、助かりますか? なんとかしてやってください! 助けてください!」


「まてまて、そうあわてるな。もっとよくてみんとわからんから……」


 そう答えて、老医師ヒッポナスがさらに詳しく怪我の状態をる。


「ふーむ、ふむふむ、なるほど。


 これはどうやら、落ちる速度をゆるめるため、途中でわざと木の枝に手や足をひっかけたらしい。


 だから切り傷が多いんだの。


 切り傷は多いが、致命傷となりやすい、全身打撲による内臓や骨の破損をうまく避けておる。


 たいしたもんだのう。この者は、かなり肉体的に訓練されておるのだろう。


 これなら出血が止まれば……」


 そこまで言って急に、コリントス人の老医師ヒッポナスは、ぴく、と黙り込んだ。


 このとき、カーギルが命じて再度燃やされ、増やされたたいまつによって、あたりがぐんと明るくなり、ティリオンがよりはっきりと見えるようになったのだ。


 血まみれのティリオンの頭部と美貌の顔を、ヒッポナス医師はもう一度、念入りに調べた。


 そして考え込んだまま、沈黙。


 沈黙し続ける老医師に、不吉なものを感じたカーギルが気ぜわしく問いかける。


「致命傷を避けているのなら、出血が止まれば助かるんですよね? 大丈夫なんですよね?」


 カーギルと目を合わせるのを避けながら、ヒッポナス医師は首を横に振った。


「いや、体はともかく、頭をひどく打ったらしい。


 頭の骨が……割れておる。


 残念ながら、これはだめかもしれんな」


 医師の残酷な答えに、悲痛な声で叫ぶカーギル。


「そ、そんな! そんなっ!


 お願いです、どうか、どうか、助けてやってください!!」


 固い表情のまま、老医師は立ち上がった。


「もちろん努力はする。治療をしてはみる。


 けれど、命の保証はできん。 頭が割れておるからの。


 ともかく、こんな所では何もできんからの。この怪我人は、わしのテントへ運んでくれ。


 診療用のテントではなく、わしのテントの方へな。


 二十四時間つききりの、特別治療が必要だからの」


 ティリオンを乗せた担架が、再びコリントス兵たちによって持ち上げられると、横から、レジナを抱いたままの兵が言った。


「あのうヒッポナス先生、このも一応、てもらえますか?」


 少女の体をざっとただけで、軽く答えるヒッポナス医師。


「ああ、こっちは全く大丈夫だの。


 手足に軽い切り傷があるだけだの。こんなものすぐに治る。


 備えつけの傷薬でもぬって、診療用のテントで寝かせておけばよい」

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