踊り子 5 

 いきなり右手首を捕らえられ、抵抗する間もなく怪力で引きずられて、そのまま乱暴に地面に叩きつけられる、ティリオン。


「はうっ!!」


 叩きつけられた衝撃で、ティリオンの意識が遠くなる。


 が、彼の右手は、戦士の本能から、まだしっかりと剣を握りしめていた。


 すると怪力の剛腕ごうわんは、ぐいっ、と容赦なく、倒れたティリオンの右腕をねじり上げた。


「ぎゃぁぁぁっ!!」


 激痛の悲鳴。ごきり、といういやな音。


 右腕が肩から変な角度に曲がり、力を失った右手から、剣がついに地に落ちた。


 ぐったりしたティリオンの体は、今度は胸ぐらをつかまれ、戦利品を見せびらかすように高々と空に掲げられた。


「この女、俺が貰った! 文句のある奴はいねぇだろうな?!」


 大声で宣言したのは、熊のような隻腕せきわんの巨漢、ダリウス。


 ダリウスは群がる兵士たちを睨みまわし、異議無しとみて、にやりと笑った。


 片手でぶら下げたティリオンの美貌の顔を眺め、さらににんまりとし、ぽいっと空中に投げ上げるようにして、器用に肩に担いだ。


 気を失っている美しい踊り子を手に入れたダリウスは、今夜のお楽しみを想像してニヤけながら、意気揚々いきようようとこの場を去ろうとした。


 だがしかし。


「まてっ!!」


 その前に立ちはだかったのは、人混みをかき分けてやっと追いついたアルヴィ。


 アルヴィはえるように叫んだ。


「その人を降ろせっ!」


 巨漢ダリウスはふん、と小ばかにして鼻を鳴らした。


「誰かと思えば、アテナイのはなったれ小僧じゃねぇか。


 まだおむつのついてるような餓鬼んちょは、怪我しねぇうちに帰んな」


「その人を降ろせ、と言っているんだ!」


「おいおい小僧、おまえにゃまだ、こんなスゲェ美女を可愛がるのは十年早すぎるぜ。


 あきらめてそこをどきな。おや?」


 アルヴィが怒りの表情で、踊り子強奪を断固阻止だんこそしすべく剣のつかに手をかけるのを見て、ダリウスは血なまぐさい笑みを浮かべた。


「ほーう、どうしてもやる気かい?


 この俺に挑戦するたぁ、はなったれにしちゃ、いーい度胸だ。


 けどな、そのくそ度胸も今夜限りになるぜ!」


 巨体を傾け、肩に担いだ踊り子の体を滑り落とす。


 高い位置から、どさっ! と地面に落とされたティリオンが「うっ……!」と、かすかに呻いた。


 アルヴィがはっとそれに気をとられた瞬間、ダリウスが長大な剣を抜き、強烈に振り下ろしてきた。


 ガキイィィィ――――ン!!!!


 金属同士のぶつかるすさまじい音。


 アルヴィも素早く抜いた剣で、かろうじてダリウスの剣を受けとめていた。

 

 だが、剣を握るアルヴィの両腕は、その最初の一太刀ひとたちを受けただけで、つけ根まで痺れていた。


 (す、凄い力だ!)


 そのままダリウスは左手で、力任せの打ち込みを続けて繰り出してくる。


 ついこの間、利き手の右腕を落とされたばかりで正確さには欠けるが、巨体に見合った大剣なので、一振りの攻撃範囲は広い。 そして重い。


 アルヴィは、うかうかと重量級のダリウスの剣をまともに受けたことを後悔したが、遅かった。


 腕が半分麻痺したようになった彼は、大剣をよけるか、どうにか攻撃を受け流すだけの、防戦一方に追い込まれていった。


 戦う二人の回りには、またもや人垣による円陣ができていた。


 美貌の踊り子をめぐって争う男二人は、酒のいいさかなだった。


 強い酒をがぶ飲みしながら兵士たちは、てんでに勝手な声援を浴びせかけた。


「やれやれぃ! やっちまえっ!」


「へへへっ、何だあの小僧、逃げてぶぁかりじゃあねえか」


「右だぁっ、左だぁっ、ええええい、当たらないのかぁっ」


「ちーとは反撃しておとこを見せろってんだぁ、はなったれ小僧っ」


「がんぶぁれよーっ。びっじーんの踊り子ちゃんが足広げて待ってるぞぉ!」


 ダリウスの長大な剣が、びゅうっ、とうなりをあげて、アルヴィの胸元に振り下ろされる。


 今回は受け流せなかったアルヴィの剣が、それを正面で受ける。


 火花が散った。重い衝撃。


 アルヴィの三倍はあろうかという、ダリウスの体重がかかっているのだ。


 さらに横なぎに払われた剣を受け、ついに、痺れたアルヴィの手から剣が弾き飛ばされた。


 反射的に後ろに飛び、次の攻撃に備える。


「観念しなっ、小僧!」


 勢いづいたダリウスが、ぶんっ、ぶんっ、と大剣を振り回す。


 身軽さを武器に、右へ、左へと、かわすアルヴィ。


 苛立って、ダリウスが怒鳴る。


「ちょこまかとっ、こいつ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る