踊り子 4

 愛娘まなむすめの意固地な態度に、困り果てた、という顔で小さく首を振るプロクテーテス。


「またまたそんな、とんでもないことを。


 いいかな、女というものは結婚してこそ本当の幸せがあるのだ。


 結婚して家庭を持って子供を産んでこそ、女の幸せがつかめるのだよ。


 もっと現実的に考えねばいかんぞ」


 予想外にしつこく余計な事ばかり言う父親に、ペイレネのほうは、いっそうしかめ面になる。


 それでもこのままではまずいと考え、気持ちをおさえ腹立ちを隠して、話題の切り替えをはかることにした。


 彼女にも、この酒宴でぜひとも手がかりをつかみたい事柄があるからだ。


 表面上平静な顔と態度になってきちんと正面を向き、折り目正しい口調で言う。


「いい加減にしてください、総司令。


 その話はやめましょう。関係のない他の皆さんにご迷惑です。


 それよりも、こういう席では軍の長として、もっと別のお話し合いをなさるべき大事な要件があるはずです」


 ところがプロクテーテスは、またしても首を振ってしぶとく食い下がってきた。


「いいや、いいや、そんなことを言ってはいつもおまえに逃げられる。


 丁度いい、今夜こそじっくり話し合いをするぞ。


 ここには良識ある殿方がたくさんおられるから、どちらの言う事が正しいか、皆さんにも話を聞いてもらって意見してもらうぞ」


「お願いですからやめてください、総司令」


「まずはその髪のことだ。


 殿方に好まれそうなせっかくの長い美しい髪を、いきなりちょんちょんに短く切ってしまうとは、いやはや、何たるしわざか」


 これを聞いたペイレネは、思わずまなじりをつり上げ、怒りの声を出してしまう。


「私の髪をどうしようと私の勝手ですわ!」


 本格的に親子喧嘩おやこげんかが始まりそうな気配になって、宴の主催者ペロピダスが仲裁ちゅうさいにはいる。


「まあまあ、いいではありませんかプロクテーテス司令。


 髪が短くともお嬢さまは十分に美しいし、こんな元気のいいかたなら、ご心配なさらずともじきに良いご縁がまとまりますよ」


「そうですかな?」


 と、疑わしそうにプロクテーテス。


 威勢のいい女が好みのペロピダスは、鼻の下をのばして何度も頷き、酒杯を掲げた。


「そうですとも、きっとすぐまとまります。


 それでは、美しく活発なコリントスのお嬢さまに、乾杯!」



                   ◆◆◆



 とどろく歓声と拍手の中、ティリオンは全身で激しく息をして立っていた。


 剣技と身軽な身体運動アクロバットを組み合わせ、即興で剣の舞つるぎのまいを舞ってみせたティリオン。


 観衆の兵士たちは喜び、満足しているようだった。


 なんとかやってのけた、きりぬけた、という安堵あんどで集中が切れ、疲れがどっと押し寄せてきていた。


 のろのろとした足取りで、彼はこのまわしい舞台から立ち去ろうとした。


 と、いまだおさまらぬ歓声の中に、自分の名を呼ぶ女の声を聞きとり、ティリオンは立ち止まった。


 声のぬしを捜して、見回す。


「逃げて――っ、逃げてっ、ティリオンっ!!」


 甲高いその叫びが、レジナのものであると気づくと同時に、群衆をかき分けてやって来る栗色の髪の青年兵アルヴィにも気がつく、ティリオン。


 一瞬、アルヴィの哀願の視線とティリオンの驚愕の視線がからみ合い、あわてふためいてティリオンが身をひるがえす。


「ああっ、違うんですっ! おまちくださいっ!!」


 アルヴィは叫び、無理やり押しのけた兵士たちの怒声とこぶしを受けながらも、なんとか円陣の内側にたどりついた。


 頭の青いヴェールをなびかせて逃げてゆく踊り子、ティリオンの後を懸命に追う。


 とりあえず捕まえて、説明をして誤解を解きたくてのことだ。


 思いも寄らなかったアルヴィの出現にうろたえまくりながら、ティリオンは必死に逃げる。


 愛する姫のためにも、今は捕まって処刑されるわけにはいかない、と思っているからだ。


 突然始まった追逃走劇に、円陣の兵士たちがどよめく。


 逃げるティリオンの前の人垣が、悲鳴とともに割れていく。


 あの、もの凄い剣の舞つるぎのまい披露ひろうされた後だ。


 抜き身の剣を握りしめたまま、突っ込んでくる踊り子の行く手をはばもうとするのは、命知らず、と言えただろう。


 ところがその、命知らず、がいた。


 よける兵士たちの間を駆け抜け、人混みの外へ一歩、踏み出すか踏み出さぬという時、やにわに毛深いごつい腕がのびてきて、剣を持つティリオンの右手首を、がきっ! と捕らえた。

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