踊り子 3

 巨大脂肪肉団子、コリントスのプロクテーテスを座らせるには、普通の椅子では無理だった。


 ペロピダスは兵と女たちに命じて、頑丈な長椅子といくつかの大きなクッションを持って来させた。


「どーも、ご面倒をおかけしますなぁ」


 プロクテーテスは恐縮して、頭と汗をかきかき、クッションを並べた長椅子に座ろうとした。


 と、どおん!! という轟音ごうおんにも似た歓声が、主賓天幕を震わせた。


 踊り子ティリオンの剣の舞つるぎのまいが終わったときの歓声だったのだが、主賓天幕の者たちは、そんなことは誰も知らない。


 プロクテーテスが座るのをやめて、あわあわと言い訳をする。


「わしはまだ座っておりませんぞ。わしのせいじゃない」


 ペロピダスが両手を振った。


「いやいや、お気遣いなく。


 兵士どもが宴会で飲んで、だいぶ羽目はめを外して騒いでいるようです。


 おい、そこの衛兵。ちょっと外の様子を見てこい」


「ふえっ?」


「むっ、きさま、当番なのに酒を盗み飲みしたな。


 いい加減にしろ! 仕事できないほど飲んだら、懲罰をあたえるぞっ!」


「はひっ、すひませんっ。もうのひませんっ」


「チッ、酒となると辛抱のできない奴ばかりだ。


 外ででかい音がしたから、中央広場の宴会場の様子を見てくるんだ!」


「はひっ、いてきますっ!」


 酔っ払い衛兵は、怪しい足取りで外へ出ていった。


 プロクテーテスは大層努力して、そろりそろりとしゃがみ、なんとか長椅子に腰を落ちつけた。


 照れ笑いをして言う。


「いやー最近、また太ってしまいましてな。


 若い頃はこうではなかったのですが。


 昔はみなさんがたよりも、もっとほっそりとして、きゅっと引き締まったカッコいい男前でして、そりゃあ女にもてたのです。


 鹿のごとく軽やかな足取りで、颯爽と街を歩けば、女たちの黄色い歓声がひっきりなしに飛び交ったものですよ」


 ペロピダスも、フレイウスも、ギルフィも、マイアンも、声なく微笑んだ。


 プロクテーテスは不満げに口をとがらせた。


「おや、みなさん信じておられませんな。


 嘘ではありませんぞ。ほれ、このペイレネのように……」


 体を傾けて太い手をのばし、隣の椅子のペイレネをいとしげに抱き寄せようとする、プロクテーテス。


「すんなりとほっそりと、可愛らしく美しい若者だったのです。


 ペイレネはわしに似ている、とよく人から言われるんですよ」


 ペイレネは顔をしかめ、のばされてきた暑苦しい父親の手を邪険じゃけんに払いのけた。


「お父さまったら、いきなり気持ち悪い事を言わないでください。


 私はお母さま似です」


「しかしおまえ、目元めもとなんかはわしにそっくりだと親戚の者は言っておったぞ」


「そんなことありませんっ。


 あの親戚はお父さまにお金を融通してほしくて、バカげたおべっかを使っていただけです。


 私は全面的にお母さま似です!


 お父さまになんか似てたら、私、生きてられません。


 恥ずかしいから、そんなこと二度と言わないでください!」


 愛娘まなむすめにぷいとそっぽを向かれ、プロクテーテスはしょんぼりとしょげ返った。


 フレイウスがごく小さく、フッと笑った。


 ペイレネが敏感にそれを見つけ、ぎろり、とフレイウスを睨む。


 睨む娘に、プロクテーテスがバナナ大の手をぷらぷら、と振る。


「これこれ、またそんな怖い顔をして。


 そんなだからいつまでたっても、婿むこ取りの良い話がまとまらんのだぞ。


 もっと女らしく、殿方に愛想よくしなくてはだめだぞ、ペイレネや」


 父プロクテーテスのいさめに、激しすぎる口調でペイレネが口答えする。


「私のことは放っておいてくださいって、いつも言ってるでしょう!


 女らしく愛想よくなんて、そんなくだらないマネ、誰がするもんですか」


「こらこらペイレネ。何という口のきき方だ。


 おまえはかわいいし美人だから、若くは見えるが、もう21にもなるのだぞ。


 本気で真剣に、結婚を考えなくてはいけないよ」


 当時の貴族の女性はたいてい15歳か16歳で、親の決めた相手に嫁ぐのが普通だった。


 遅くとも20歳くらいまでには、ほとんど の貴族女性が結婚していた。


「いいんです。私は誰とも一生、結婚などいたしませんから」


 ペイレネは、父プロクテーテスから顔をそむけ、かたくなな様子である。


 実は、本来、ペイレネは聡明で穏健な人物であり、気まま身勝手な性格ではなく、普段なら不作法でもなかった。


 ただ現在彼女は、クレオンブロトス王の件を秘めていて、いまだに取り乱しそうになる気持ちを精一杯こらえている段階だった。


 なので、結婚につながるような諸々の話題に関しては、つい感情的になってしまっていたのだ。

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