踊り子 2
明らかにひどく動揺しているレジナに、大樽の影に隠れていたアルヴィが目を丸くして立ち上がり、尋ねる。
「どうしたの?」
手がぶつかって井戸の中に落としてしまった水くみ桶を見ていたレジナは、アルヴィに視線を戻すと、
「いえ、何でもないです」
「でもきみ、真っ青だよ。どうしたの? 急に」
「あたし、ちょっと疲れちゃったかな? でも大丈夫です」
じりじりと、距離をとり始めるレジナ。
眉をひそめるアルヴィ。
「たしかきみ、レジナって言ったよね。
赤毛……赤毛娘……ああああっ、きみ! まさかひょっとして、ギルの報告の?!」
「あたし、早くみなさんにお酒運ばなきゃ。そいじゃ!」
くるりと身をひるがえし、レジナは人混みに紛れ込もうと、兵士たちが沢山いる中央広場に向かって駆け出した。
心の中は、危機感が嵐のように吹き荒れている。
(大変だ! 大変だ!
同盟の兵隊は、みんなティリオンのこと知ってるよ。
ティリオンはみんなに狙われてんだ!
あのスパルタのお姫さまどころじゃないよ。早く注意してあげないと)
加えてレジナは、昼間の河原での出来事も思い出していた。
ティリオンの容姿を詳しく知っていて尋ねてきた、何もかも見通すような冷たく
(しまった! そうだった、忘れてた。
家に帰ったとき、変なわし鼻黒マントの奴やら、片腕の酔っ払い
もし、河原で会ったあの
ああああっ、あたしったら、どうしてこんな危ないとこにあの人を連れて来ちまったんだろう。
ふたりで一緒に出掛けられるのが、デートみたいで嬉しくて、舞い上がっちまったんだ。
あの人が捕まってしまったら……あたし、あたし……)
焦りまくりながら、レジナは、中央広場の下級兵士たちの宴会場を走り抜けようとした。
しかしふと、まわりの様子の異様さに足が止まった。
兵士たちは酒を飲んでも騒ぎもせず、静かに円陣を組んで、じっと何かを食い入るように見ている。
誰かが連打する太鼓の音だけが、中央広場に
胸騒ぎを感じたレジナは、円陣の厚い人垣の外側から、背伸びをしたり ピョンと上に跳んだりして、中をかいま見た。
青いものがちらり、と視界を横切り、きらめく光が中空に
場所を変えて人垣の隙間になんとか入り込み、兵たちの体の間からのぞいたレジナは、信じられない光景を見た。
頭の青いヴェールをなびかせて、凄い美貌の踊り子が舞っていた。
見えない翼を持っているかのような、見事な
手に持った剣をひゅんひゅん振り回し、舞い踊っている。
しかも、地面にたくさん落ちている色々な物品を踏まぬよう巧みに避けながら、回転、
兵士たちの熱い視線を一身に受け、激しく、華麗に、果敢に、
レジナの口からかすれた声がもれる。
「どうして? どうしてこんな事になってるの? ティリオン」
その瞬間、肩に手が置かれ、レジナはびくっと弾けるように振り返った。
そこには、強引に人垣を押し分けてやってきたアルヴィが、厳しいまなざしで立っていた。
硬直して立ちすくむレジナに、アルヴィの低い声。
「そうか、レジナ。
ギルが報告で言っていた赤毛の娘とは、きみだったのか」
そしてアルヴィは円陣の中央、
レジナは、
身を投げ出すようにしてアルヴィにすがりつく。
「お願い、見逃して下さい。あの人を殺さないで!」
「ええっ、殺す? いや、そんなことは……」
「スパルタ人でも、あの人は悪い人じゃありません。どうか許して!」
「ええっ、スパルタ人だって?!」
アルヴィがレジナの言葉と勢いに驚き、たじろいだ、そのとき……
爆発するような歓声。
割れんばかりの拍手。
ふたりの耳は完全に
最後のポーズを決めて、
兵士たちの賛嘆の叫びと賛辞の指笛が、あらしのごとく踊り子に降り注ぐ。
アルヴィは、止めようとするレジナの手を振りほどいた。
素晴らしかった踊り子の舞いに興奮して、天に向かって
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