災難の夏(フレイウスの回想) 7 *

 フレイウスが言う。


「今は、自室でよく眠っておられます。


 ただ、目覚められた時、また悲観して落ち込まれないよう、気持ちをほぐし笑えるような楽しい話でもお聞かせできる、年上の氏族しぞくがおそばについていたら、と思います。


 ギルとアルもおそばについているのですが、あのふたりはまだ若すぎて、ティリオンさまが沈んでおられると、自分たちも一緒に沈んでしまいますので」


 頷く、オレステス将軍。


「わかった。


 笑えるような、というとパトロクロスが適任なんだが、航海中だ。


 ゼウクシスでもいいだろう。


 海軍で聞いた面白い話のひとつやふたつ、できるはずだ。


 ピレウスの海軍港湾管理事務所から呼んでおこう。


 ただし、ゼウクシスにおまえのような戦闘力は期待するなよ」


「はい。


 警護兵を緊急時対策として居住区に10人、お部屋の前にも6人、配置しておきます。


 私がネリウスの屋敷捜査に出かけても、ティリオンさまが自室内におられる限り、安全に関しては問題ないと思います」


「よろしい。令状が発行され次第、直ちに出動せよ。


 フレイウス、黄色いゴキブリをアテナイから叩き出せ!!」


「はっ!!」


 こうしてフレイウスは、ネリウスの借りている屋敷に乗り込み、捜査に抵抗するネリウスと怪しげな使用人たちを鎮圧した。


 屋敷の奥の一室で、誘拐同然に連れてこられて監禁されていた数人の少年たちを発見、救出した。


 しかし残念ながら、くだんのコリントス留学生は、見つからなかった。


 屋敷の捜査のあと数日間に渡って、フレイウス自ら厳しい事情聴取を行ったが、ネリウスは、


「あの子は勝手に出て行った。どこに行ったかは、知らない」


 と、言い張った。


 コリントス留学生の年取った父親は、出張から戻ったエミリオス将軍を通じてこのことを説明されると、泣きながらコリントスに帰っていったという。


 ネリウスは、誘拐と暴行の罪で国外退去処分となった。


 同時に、ティリオンの父テオドリアス将軍長とオレステス将軍との働きかけで、二度と正式にはアテナイに入れない、アテナイ永久追放処分にもなった。


 ネリウスが退去する際、その監督を買って出たフレイウスが、個人的に追加の制裁を加えたことは、事実である。



                ◆◆◆




 隊の後ろで、ワァッ、という大勢の声が上がり、フレイウスの回想を断ち切った。


 振り向くと、ネリウスが落馬して自分の尻を撫でている。


「ふたりともぉ、昔馴染みじゃないかぁ。


 そんなにつれなくしないでくれよん」


 痛そうにしながらも、どこか嬉しそうな声のネリウス。


 まわりの兵が、どっと笑う。


 どうやら双子に悪さをしすぎて怒らせてしまい、とうとう馬から落とされたらしい。


 皆の笑いにつられて、へへへへ、と照れ笑いをしているこりない非常識な同性愛者を、フレイウスが険しい表情で見る。


 (エパミノンダスやペロピダスよりも、テバイで最も用心するべきは、ティリオンさまをしぶとくつけ狙うこの男かもしれない。


 このネリウスにだけは、ティリオンさまの手がかりを与えてはならない。


 レウクトラ戦線同盟規約どうめいきやくさえなければ、今すぐにでも、叩き斬ってやるところだが……)


 同盟国テバイの総司令官次弟ネリウスは、ちらりと横目でフレイウスを見て、ぺろりと舌なめずりしていた。



――――――――――――――――*



人物紹介


● フレイウス(26歳)……レウクトラ戦線、アテナイ軍総司令官。

 『アテナイの氷の剣士』と異名をとる剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』


 ティリオンを保護するために追っているが、ティリオンのほうは、フレイウスが処刑をするために追ってきている、と誤解している。


● ギルフィとアルヴィ(19歳)……双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。

 アテナイでは、ティリオンの近臣だった。


● ネリウス(29歳)……テバイ軍総司令官ペロピダスの、腹違いの次弟。

 非常識で見境のない同性愛者。別名『テバイのタンポポ頭』

 ティリオンに強く執着している。


● ティリオン(19歳)……かつて、自分の父親の将軍長アテナイ・ストラデゴスを斬る、という大事件を起こし、アテナイ軍を振り切るため、スパルタに逃げ込んだ美貌の青年。


 命をとりとめた父親とアテナイ側の意志で、事件はもみ消されているが、本人は知らない。


 スパルタ王女アフロディア姫と恋に落ち、『レウクトラの戦い』でスパルタが敗戦したため、姫を連れて逃げている。


【※アテナイ・ストラデゴスとは、アテナイの将軍長、という意味の、役職名です】

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