タンポポ頭 5 *

 アテナイに対する諜報ちょうほう行為、という言葉に、大きく首を横に振る、ネリウス。


「とぉんでもない! 私は、アテナイをどうこうしようなどとは、全く考えておりません。


 政治には、私、ぜんっぜん興味がないですから。


 私の追求したいのは、愛! 心と体の究極の、愛! それだけなのです!


 私の特別なひと、愛するティリオンさまが心配でたまらなかっただけなのです。


 一番信頼していたあなたにまで騙されていたと知って、深く深く傷つき、アテナイを飛び出して、今頃はどの空の下で泣いておられるかと……」


「ネリウスどの! 勝手な妄想で発言するのはやめていただきたい!


 わかっているのだろうな。


 アルクメオン家のご子息の身辺を調べた、などということは、あなたの個人的感情のため、という言い訳くらいでは済まされない。


 ましてやそれに自分の妄想を重ねて、まわりに虚言きょげんをまき散らすような危険人物を、私はアテナイ軍司令官として、看過かんかできない。


 当然、それなりの覚悟は出来ておられるのだろうな!」


 ついに自分の方を向いたフレイウスの激しい怒りの表情と、突き刺すようなあおの視線に、調子にのって言い過ぎた事に気づき、差し迫る身の危険を感じて、さすがにひるむネリウス。


「ま、まあまぁ、そう事を荒立ててはいけませんよ。


 あんまり怖がらせないで下さい。


 私が恐ろしさのあまり、余計なことをテバイ陣で喋ってしまったら、あなたもお困りになるでしょう?


 テバイ陣には、こんな事情を聞いたら大喜びしそうな参謀長のエパミノンダスや、総司令官の兄のペロピダスなんかがいるんですから、ね」


 そむけるように、また横顔になったフレイウスの顔色をうかがいながら、ネリウスは猫撫で声を出した。


「ねぇ、フレイウスさまん。


 私たちの間で国とか軍とか、そういう無粋ぶすいで危険なのを持ち出すのは、もうやめましょうよ。


 あのかたの件に関しておおやけにしたくないのはお互い同じだし、あなたにとっても本当はそんなの、建前たてまえに過ぎないでしょ。


 もっと本音でお話ししませんか?


 愛し方は違うかもしれませんが、ティリオンさまをいとしく想い、心配する者どうし、私たちは仲良く協力しあえるはずでしょう?


 戦場なんていう危ない場所に、うっかり紛れ込んでしまわれたかもしれないんですから」


「………」


「私はね、フレイウスさまを困らせようとしてるんじゃあないんですよ。


 私も、ティリオンさま捜索のお手伝いをさせていただきたいんです。


 お仲間に加えていただいて、みんなともイチャイチャ……おっと、みんなとも仲良くしたいだけなんですよ。うぷぷぷぷっ」


「………」


「ね、酒宴の後、絶対に私の天幕にいらして下さいね。


 今夜はふたりっきりで、これからの捜索方法などじっくり相談しましょう。


 ふふふっ、あなたのお気持ち次第では、ここテバイで、私はどんな便宜でも図ってさしあげるつもりなんですよ。


 ああそうだった、私はあなたに、アテナイから追い出されちゃいましたけどねー。


 その仕返しに、レウクトラからからあなたを追い出そうなんて、そーんな意地悪は、た・ぶ・ん、しませんから、いひひひっ。 


 仲良く手を組んで、迷子のティリオンさまを早く見つけましょうね」


「………」


「さてとぉ、このお話はあらためてふたりっきりでゆっくりするとして。


 ちょっとギルフィやアルヴィと遊んできたいんですが、よろしいですか?」


「………」


 フレイウスが何も答えないのを、ネリウスは勝手に承諾しょうだくと受け取り、いそいそと双子の逃げていった隊の後方へ向かっていった。


 隊列があきらかに乱れる気配がして、騒がしくなった。


 ネリウスをまくため、全力疾走を考えていたわかれ道は、とうに通り過ぎてしまっていた。


 こんな話を聞いてしまった以上、自分が赤毛娘の家に突っ走って騒ぎにするわけにはいかず、双子を監視に向かわせるわけにもいかなくなったフレイウスは、4年前、ネリウスがアテナイにやってきた災難の夏を、苦々しく思い出していた。



――――――――――――――――*



人物紹介


● フレイウス(26歳)……レウクトラ戦線、アテナイ軍総司令官。

 『アテナイの氷の剣士』と異名をとる剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』


 ティリオンを保護するために追っているが、ティリオンのほうは、フレイウスが処刑をするために追ってきている、と誤解している。


● ギルフィとアルヴィ(19歳)……双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。

 アテナイでは、ティリオンの近臣だった。


● ネリウス(29歳)……テバイ軍総司令官ペロピダスの、腹違いの次弟。

 非常識で見境のない同性愛者。別名『テバイのタンポポ頭』

 ティリオンに強く執着している。


● ティリオン(19歳)……かつて、自分の父親の将軍長アテナイ・ストラデゴスを斬る、という大事件を起こし、アテナイ軍を振り切るため、スパルタに逃げ込んだ美貌の青年。


 命をとりとめた父親とアテナイ側の意志で、事件はもみ消されているが、本人は知らない。


 スパルタ王女アフロディア姫と恋に落ち、『レウクトラの戦い』でスパルタが敗戦したため、姫を連れて逃げている。


【※アテナイ・ストラデゴスとは、アテナイの将軍長、という意味の、役職名です】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る