タンポポ頭 5 *
アテナイに対する
「とぉんでもない! 私は、アテナイをどうこうしようなどとは、全く考えておりません。
政治には、私、ぜんっぜん興味がないですから。
私の追求したいのは、愛! 心と体の究極の、愛! それだけなのです!
私の特別なひと、愛するティリオンさまが心配でたまらなかっただけなのです。
一番信頼していたあなたにまで騙されていたと知って、深く深く傷つき、アテナイを飛び出して、今頃はどの空の下で泣いておられるかと……」
「ネリウスどの! 勝手な妄想で発言するのはやめていただきたい!
わかっているのだろうな。
アルクメオン家のご子息の身辺を調べた、などということは、あなたの個人的感情のため、という言い訳くらいでは済まされない。
ましてやそれに自分の妄想を重ねて、まわりに
当然、それなりの覚悟は出来ておられるのだろうな!」
ついに自分の方を向いたフレイウスの激しい怒りの表情と、突き刺すような
「ま、まあまぁ、そう事を荒立ててはいけませんよ。
あんまり怖がらせないで下さい。
私が恐ろしさのあまり、余計なことをテバイ陣で喋ってしまったら、あなたもお困りになるでしょう?
テバイ陣には、こんな事情を聞いたら大喜びしそうな参謀長のエパミノンダスや、総司令官の兄のペロピダスなんかがいるんですから、ね」
「ねぇ、フレイウスさまん。
私たちの間で国とか軍とか、そういう
あのかたの件に関して
もっと本音でお話ししませんか?
愛し方は違うかもしれませんが、ティリオンさまを
戦場なんていう危ない場所に、うっかり紛れ込んでしまわれたかもしれないんですから」
「………」
「私はね、フレイウスさまを困らせようとしてるんじゃあないんですよ。
私も、ティリオンさま捜索のお手伝いをさせていただきたいんです。
お仲間に加えていただいて、みんなともイチャイチャ……おっと、みんなとも仲良くしたいだけなんですよ。うぷぷぷぷっ」
「………」
「ね、酒宴の後、絶対に私の天幕にいらして下さいね。
今夜はふたりっきりで、これからの捜索方法などじっくり相談しましょう。
ふふふっ、あなたのお気持ち次第では、ここテバイで、私はどんな便宜でも図ってさしあげるつもりなんですよ。
ああそうだった、私はあなたに、アテナイから追い出されちゃいましたけどねー。
その仕返しに、レウクトラからからあなたを追い出そうなんて、そーんな意地悪は、た・ぶ・ん、しませんから、いひひひっ。
仲良く手を組んで、迷子のティリオンさまを早く見つけましょうね」
「………」
「さてとぉ、このお話はあらためてふたりっきりでゆっくりするとして。
ちょっとギルフィやアルヴィと遊んできたいんですが、よろしいですか?」
「………」
フレイウスが何も答えないのを、ネリウスは勝手に
隊列があきらかに乱れる気配がして、騒がしくなった。
ネリウスをまくため、全力疾走を考えていたわかれ道は、とうに通り過ぎてしまっていた。
こんな話を聞いてしまった以上、自分が赤毛娘の家に突っ走って騒ぎにするわけにはいかず、双子を監視に向かわせるわけにもいかなくなったフレイウスは、4年前、ネリウスがアテナイにやってきた災難の夏を、苦々しく思い出していた。
――――――――――――――――*
人物紹介
● フレイウス(26歳)……レウクトラ戦線、アテナイ軍総司令官。
『アテナイの氷の剣士』と異名をとる剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』
ティリオンを保護するために追っているが、ティリオンのほうは、フレイウスが処刑をするために追ってきている、と誤解している。
● ギルフィとアルヴィ(19歳)……双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。
アテナイでは、ティリオンの近臣だった。
● ネリウス(29歳)……テバイ軍総司令官ペロピダスの、腹違いの次弟。
非常識で見境のない同性愛者。別名『テバイのタンポポ頭』
ティリオンに強く執着している。
● ティリオン(19歳)……かつて、自分の父親の
命をとりとめた父親とアテナイ側の意志で、事件はもみ消されているが、本人は知らない。
スパルタ王女アフロディア姫と恋に落ち、『レウクトラの戦い』でスパルタが敗戦したため、姫を連れて逃げている。
【※アテナイ・ストラデゴスとは、アテナイの将軍長、という意味の、役職名です】
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