タンポポ頭 4

 話しかけても無視し続けるフレイウスに、やがてネリウスは、底意地そこいじの悪い顔になってにやりと笑った。


 フレイウスのほうに首を傾けてきて、これまでの甘ったるい声色こわいろを変え、悪だくみを共謀する口調になって小声で語りかける。


「ところで、今日はあなたと、ギルフィ、アルヴィの双子、そして一番後ろには、アテナイ医学アカデミーの医師のマイアンさんまでおられるんですねぇ。


 これだけの大層な顔ぶれが揃ってるのに、肝心のおかたがいない。


 あのかたの、銀月のごときうるわしのお姿が皆さんの真ん中にないのは、なんともはや、味気なく華やぎに欠けて、寂しい限りですねぇ」


「………」


「ふふっ、捜してぇ、捜してぇ、捜しつづけてぇ――。


 あなたの大事な宝物、ティリオンさまはまだ見つかりませんか?」


 フレイウスは、衝動的にネリウスの方を向きそうになった瞬間を、かろうじてこらえた。


 それでも、顔色の変わるのだけは止められず、それを見たネリウスが、クククククと悦に入った笑いをもらす。


「他の事では冷静なあなたが、ティリオンさまのことにだけは感情的になられるのを見るのは、楽しいですぅ。


 隠さなくてもよろしいんですよー。


 ティリオンさまのことなら、私は何でも知っているんですから。


 あなたは、アテナイを出たティリオンさまをずっと捜しておられる。


 このレウクトラに総司令官として着任されたのも、実はティリオンさまを捜すためなんでしょう?


 あなたと、ギルフィ、アルヴィの双子、マイアンまでレウクトラにいる理由は、他には考えられもせんものねぇ。


 ねえ、ティリオンさまがアテナイを出られたのは、やはりお母さまのことが原因なんですか?


 おお、怖い!


 そんな目で見ないで下さい。体中ゾクゾクしちゃう!」


 フレイウスに一瞬、横目で睨まれて、ネリウスは薄笑いしたまま体を震わせてみせた。


 フレイウスが前を向いたまま、押し殺した声で言う。


「ネリウスどの、あなたがどういう空想をして、そのような事を言われるのかは知らないが、根拠のないことをあまりべらべらと喋らないほうが、身のためだと思うぞ」


「根拠がない、ですかねぇ」


 ネリウスがずる賢そうに目を細める。


「いえね、ご存じでしょうが、私もあなたと同様、ティリオンさまを心から愛しているんですよ。


 運命に導かれて出会った、この世でただひとりの特別な存在、だと思っているんです。


 そんな特別な人の事を何もかも知りたい!


 これは当然の気持ちでしょ。


 それで私は、愛するティリオンさまのことを一生懸命調べました。


 あのかたの性格、 好み、くせ、悩み事、生活、生い立ち、人間関係、などなど、あのかたに関する事なら何でも。


 すると自然に、色々な事情が分かってくるようになったのですよ。


 ふふふっ、かごの鳥だったあのかた自身は気付けなかった、深ーい部分の事情までね」


 ネリウスは顎を上げ、うたうように言いはじめた。


「ああ、あのかたが首を長くして待っているお母さまからの手紙が届くと、なぜかあなたは用事が出来て、あのかたのおそばを離れる。


 お気持ちは分かります。おつらかったのでしょう?


 すっかりあなたがたを信じていて、にせのお手紙に夢中の、可哀そうなあのかたを間近で見るのはねぇ。


 そりゃ、残酷ですよ。


 でも、いつわりの手紙でいつわりの夢を見せられて、喜んでいたかごの鳥だって、うっかり誰かが残酷な現実を見せてしまったらどうなるでしょう。


 夢破れて、かごの戸をこじ開けて飛んでいってしまうでしょうね。


 特に、警護という名目で、本当は見張りをしていたかごの番人が、つらいからと用事を作ってそばを離れていれば、成長した翼で遠くまで逃げてしまうでしょう。


 ね、根拠はあると思いませんか?」


 完全に正確とは言えないものの、ネリウスが、絶対に秘密にしておきたいこちらの事情をほぼつかんでいる、と知ったフレイウスの声が、凄味を増す。


「言っておられる内容のほとんどは、よく理解できない。


 が、あなたが、アテナイに対して諜報ちょうほう行為を働いていたことを自分で認めている、というのは確かなようだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る