タンポポ頭 3

 テバイ本陣へ馬を歩ませる道中、ネリウスは早速、フレイウスにまとわりついて話しかけてくる。


「ああん、やっぱり革鎧のままで行かれるんですかぁ。残念だなぁ。


 実はねぇ、アテナイにいた時、海で見せていただいたあの、夏の薄物をまとわれた姿がすごぉく素敵だったんで忘れられないんですぅ。


 薄い布地から、逞しい胸板とか見事な腹筋とかほんのり透けて見えちゃって、水に濡れるともぉっと透けて体に張りついちゃって、凶悪なくらい魅力的。


 悩殺のうさつされちゃいました。


 いやいや、悩殺のうさつじゃなくて、あの時は溺殺できさつされかけたんでしたよねぇ。


 あれは刺激的すぎる体験でしたよー。


 溺殺できさつは困るけど、あの薄物で追いかけてきてくれたあなたは、もう最っ高に素敵でした。


 今日は暑いですしぃ、あの薄物をもう一回、だめかなぁ?」


「………」


「ああ、でも革鎧でもいいですぅ。


 凛々りりしいあなたには、鎧がよくお似合いですぅ。


 4年前、初めてお会いした時も鎧をお召しでしたよねえ。


 まるで昨日の事のように思い出せますぅ。


 禁欲的な鎧に隠された、筋肉質のしなやかな長身。


 肩布かたぬのの上を艶やかに流れる、漆黒しっこくの髪。


 深い彫りの端正なお顔。心痺こころしびれさす冷たい氷の瞳。


 ああっ、たまらないっ!


 あなたのすべてがこの胸に焼きついて、離れませんでしたよぅ」


「………」


「アテナイであなたに、じられたり殴られたり蹴られたり、殺されそうになったのでさえ、私にはドラマチックで感動的な思い出なのですよぉー」


「………」


「あああ、その冷たい横顔がまた、いいんですよねぇ。


 ねぇん、酒宴が終わったらぁ、私の天幕に寄っていってくださるでしょう?


 ぜひぜひ、ふたりっきりでお話ししたいことがあるんですぅ」


「………」


 フレイウスはひたすらだんまりを決め込んで、ネリウスを無視し、考えを巡らせていた。


 (ギルとアルだけでも、あの赤毛娘の家に向かわせるか?


 いや、もしもティリオンさまを発見した場合、あのふたりだけで取り押さえるのは難しい。


 双子が確保に失敗して、こんな所で下手に騒ぎを起こせば、テバイ軍やコリントス軍に余計な事情を知られてしまう恐れがある。


 ティリオンさまをもっと危険な立場に追い込んでしまうのは、避けたい。


 それに、追いつめられたティリオンさまの精神状態によっては、反撃してくる可能性もないとは言えない。


 そうすると、双子の命の方が危ない。


 双子だけを行かせるなら、監視のみ。確保まで行うなら、やはり私が行かなくては。


 私が行くとすれば、双子も部隊も放って、次のわかれ道でひとりで全力疾走して、こいつらをまいて振り切るしかない。


 私が逃げ出した時点で、騒ぎにはなる。


 ネリウスの通報でテバイ軍がやってきて、とがめられ、何かしらの理由をつけてレウクトラから退去させられるかもしれない。


 だが、それまでにティリオンさまを確保できていれば、退去させられても全く問題はない。


 むしろ喜んでアテナイに引き上げる。


 しかし、あの赤毛娘の家に、本当にティリオンさまはいらっしゃるのか?


 またしても、間男まおとこを引き入れている現場や、親に許されない恋人との逢引あいびき、へそくりの金を隠そうとしている場所に踏み込むだけかもしれない。


 ティリオンさまの身柄を確保できないまま、レウクトラから追い出されることになったら、どうする?


 それこそ最悪だ。


 ああ、ティリオンさま、一体どこにいらっしゃるのですか?)


 意識の集中を示して、フレイウスの眉間に皺が刻まれる。


 (…………だめだ、わからない。


 ティリオンさまが事件を起こしたあの日以来、あのかたの気配が全くつかめない。


 あのかたが生きてレウクトラにいらっしゃる気がする、というのも、単なる私の願望に過ぎないかもしれない。


 あのかたとの絆があった以前のように、わからないんだ。


 どうすればいい? 早く決断しなければならない。


 どうする、どうする……)

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