タンポポ頭 2

 ところで、古代ギリシャ人にとって同性愛というのは特殊なものではなく、一般的な恋愛のひとつの形に過ぎなかった。


 特に、上流階級や貴族社会においては、少年は大人になる前に、信頼のおける成人男性から愛を告げられ、一種の性的手ほどきを受けること、つまり、性教育を実地で受けることが成長する過程での必要な教育である、とまで考えられていた。


 だから、たとえ一時的にせよ、同性愛の関係を経験することはごく普通だったのだ。


 それから先は、大人になっても同性愛を好んで続ける者もいたし、家の後継者たる子供を作るため親の決めた身分のつりあう異性と結婚をして、それとは別に同性の愛人を持つ者もいた。


 もちろん、少年の頃の同性愛はきれいさっぱり卒業して、大人になれば異性のみを恋愛対象とする者も数多くいた。


 いずれの場合も、古代ギリシャ人たちは寛大な目で見ていたようだ。


 ただし、どんな恋愛にも常識的なルールや限度はある。


 道を歩いている美女が気に入ったからといって、いきなり抱きつくのは非常識である。


 同様に、隊を組んだよその国の軍列で、恥ずかしげもなく美青年ふたりを追い回す同性愛者には、アテナイの兵士たちも驚いて目を丸くするばかりだった。


 ネリウスの護衛のテバイ兵たちは、毎度のことだ、と慣れているのか、うんざりした顔ではあるものの、止めもせず平然としている。


 隊の回りをぐるぐると二周して、まだあきらめないエロ男に、ついに双子がフレイウスの背後に逃げ込む。


 フレイウスは双子を庇って立ちはだかり、さすがに怒って言った。


「いい加減にされよ、ネリウスどの!


 あなたは一体、ここに何用でこられたのか?!」


「へへへへっ、これは失礼しましたぁ。


 あんまりふたりが懐かしくて可愛かったものですからぁ。


 ギル、アル、また後で、ゆっくりじっくり遊ぼうなーっ」


 悪びれもせず、ひらひらと手を振るネリウス。


 フレイウスのいきどおった声。


「ネリウスどの、ここに何用でこられたか、ときいているっ!」


「まぁたまた、そんなご冗談を、フレイウスさまんったら。


 もっちろん、あなたさまをお迎えに来たのですよん」


「迎えだと?」


 小声で言ってからフレイウスは、はっとし、思い出した。


 ネリウスはちゃっかり、フレイウスの隣に馬を並べていた。


「いやあー、酒宴まではまだ時間がありますけどぉ。


 早めにお迎えに来て、お支度したくがまだならお手伝いさせていただこうと思ったんですよぅ。


 あなたと折り入おりいってお話もしたくてー。


 おやおやぁ、そういえば、そんな革鎧のままで酒宴に行かれるのですかぁ?


 もぉっと、らくぅーな涼しい服にお着替えされたらどうですぅ?


 ムフッ、この私がお着換えをお手伝いしますからーん」


 しなをつくり、片目をつぶってみせるネリウス。


 フレイウスは、今夜テバイ陣で酒宴があるのをすっかり忘れていた事に、内心ほぞを噛んでいた。


 ひょっとしたらティリオンが見つけられるかもしれない、という期待で、頭が一杯になってしまっていたのだ。


 それにしても、こんな時にこんなところで、こんな厄介な奴につかまる羽目になるとは! と、自らの不運をも呪ったが、今さらどうしようもない。


 このねばねばした男が、並大抵の拒絶や言い逃れでは決して引き下がらないことを、彼はよく知っていた。


 心配そうに見ているギルフィとアルヴィに、部隊の後方につくよう、首を振って視線で合図を送り、とりあえず馬首をテバイ本陣の方に向けるしかなかった。

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