密談 6 *

 レジナは洗濯桶せんたくおけと洗濯板をしっかりかかえ、家路を急いでいた。


 (危ないところだったよ)


 さっきの黒髪の軍人の冷たいあおい目を思い出すと、まだ背筋がぞくっとした。


 まるで、本当はレジナの心の中を何もかも見通しているような、鋭い光をたたえた瞳。


 (あたし、ホントにうまくごまかしきれたろうか?)


 ふと、誰かに見られているような気がして、レジナは振り返った。


 誰もいない。


 ほっとして、また早足で歩きだす。


 (それにしても、どこの軍の将校だろう。


 怖かったけど、すんごい男前でかっこいい軍人だったねぇ。


 それに、綺麗な革鎧をつけてたなぁ。


 あれはテバイ軍の鎧じゃないし、もちろんスパルタ軍でもないとすると、アテナイ軍かな? コリントス軍かな? どっちかな?)


 レウクトラで生まれ育ち、他の土地へ行ったことのないレジナには、よくわからなかった。


 (あの軍人、いままでのスパルタ残兵狩ざんぺいがりの兵隊とは、ちょっと違う感じだったよ。


 ティリオンのことをずいぶんとよく知ってるみたいだった。


 どうしてだろう?


 最初のとき、ボロっちい下級兵の革鎧をつけてたけど、やっぱティリオンはただの奴隷兵なんかじゃないのかも。


 あんなふうに特別に捜されてるところをみると、ソリムの言ってたとおり、スパルタの貴族かな?


 あたしはお医者かと思ってたんだけど。


 だってあのひと、病人の看病も怪我の手当ても、めちゃうまい。


 他人ひとの手当てだけじゃなくて自分の傷も自分でさっさと手当てして、くるくるっと器用に包帯巻いちゃうんだよねえ。


 あたしがしてやりたかったのにさ。

 

 それに薬草のことにもやたら詳しいし。


 そうだ! 貴族のお医者で、軍医ってこともあるかもだよねぇ)


 自分のことを決して語ろうとしないティリオンについて、あれこれ想像しながら家の近くまで来て、レジナはぎくりと青ざめた。


 家の表のひさしの影に革鎧の男がひとり、どっかりと座り込んで居眠りをしている。 テバイ兵だ!


 (大変だ! ティリオンが見つかっちまった!)


 レジナは洗濯桶も洗濯板も放り出し、家に向かってあわてて駆け出した。


 レジナが眠っているテバイ兵の前まできたとき 、


 バリバリッ、どっしーん!! 


 というすさまじい音が家から聞こえてきて、テバイ兵がびっくりして目を覚ました。


 目の前のレジナを見て、面食めんくらった表情になるテバイ兵。


 家の中からわし鼻の見知らぬ男がひとり、飛び出してきた。


 暑苦しそうな黒く長いマントを羽織はおりながら、驚いているテバイ兵に向かって怒鳴る。


「くそっ、話にならんわっ。


 おいっきさまら、あの、のんだくれアホ熊野郎くまやろうの後始末をしておけよ!」


 そして、家のそばの木につないであった馬に飛び乗り、あっという間に駆け去っていってしまった。


 まずテバイ兵、続いてレジナが、恐る恐る家の中に踏み込む。


 居間の木の椅子の一つがばらばらになっていて、その上に、真っ赤な顔をした巨漢が大の字になって倒れている。


 どうやら巨漢の重みで、椅子が壊れてしまったようだ。


 強い酒のにおいが鼻をつき、


 んが――――――っ!! 


 と、大きないびきが響き渡った。


 レジナは居間の隅に、木の実を何種類かのせた木皿を持って、青い顔で立っているソリムを発見した。


 裏口からもうひとり、これもどうやら居眠りをしていたらしいテバイ兵が、赤いねぶた目をしてこそこそと入ってきた。


 ふたりのテバイ兵は巨漢を担ぎ上げようとして、あまりの重さに失敗した。


 やむなく巨体を引きずって外に出て、日にさらす。


 炎天下の暑さに巨漢がようよう目を覚まし、ブツブツ文句を言いながらうごめきはじめたところを、苦労して起こして馬に押し上げ、去って行った。


 外で兵が去っていくのを呆然と見ていたレジナに、ソリムが、わああん! と泣き出して抱きついてきた。



―――――――――――――――――――*



 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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 作者は喜んで、わああん! と泣き出して抱きついたりするでしょう。

 読者さまは、レジナ姉さんの気分を味わえます。(コラコラ


 どうぞよろしくお願いいたします。 m(__)m

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