密談 5 *

 アフロディア姫の名前を聞いて、ダリウスが赤い顔で口先を突き出し、口調を変えた。


「その、アフ、アフ、デロデロ……」


「アフロディア姫か?」


 と、フォイビダス。


「うむ、うむ、その姫さんとやらは、美人なのか?」


 色欲もあらわに尋ねるダリウスを、くっくっく、と馬鹿にしたようにフォイビダスがわらう。


「興味があるのか?


 とんでもないじゃじゃ馬だぞ、あれは。


 いつも泥だらけのきたない餓鬼ガキんちょで、悪さばかりしている。


 やんちゃで、男まさりで、はねっかえりで、わがままで、生意気で、手に負えなくて、厄介者で、スパルタ王宮の悩みの種だった。


 とうてい女の部類には入らん。


 あんなの、全く食えるしろものではない」


「俺ではない。


 ペロピダスあにが惚れこんでいるのだ。


 絶対嫁にする、とかわめいてた。


 それで、どんな姫さんなのか、と思ってな」


「さっきも言ったとおり、本人はひどいものだが、はやりやまいで死んだ母親はすごい美人だったな」


 フォイビダスは、美人だったアフロディアの母親を思い出しつつ、首をかしげた。


「そうだなー。


 もう少し育って母親に似てくれば、案外、イケるようになるかもしれん。


 もちろん、きちんとしつけをして、しとやかになって、色っぽいしぐさのひとつも覚えさせてからだが」


「そうかー。


 色っぽいイケる女になったら、兄者あにじゃの惚れこんでいるスパルタの姫さんとやら、食ってみたいものだ」


「ふむ、色っぽいイケる女になったら、私とて味見くらいはしてみてもいい」


 変なところで気の合ったダリウスとフォイビダスは、いやらしく、いひひひひひ、と笑い合った。


 はりの上のティリオンは、気が気ではなかった。


 アフロディアが怒りのあまり、彼が口をふさいでいる手の下でぎりぎりと歯ぎしりをするのと、ふたりの乗っているはりがぎしぎしと、いっそう怪しげな音をたて始めているからだった。


 いひひひひ、といやらし笑いをしていたフォイビダスが、はっとした。


「今、何か変な音がしなかったか?」


 またしても立ち上がって、心配そうに見回す。


 だがダリウスは、すっかり酔っ払ってしまっていた。


 警戒するフォイビダスをせせらわらう。


「ははははっ、ボロ家のきしみにいちいちびくびくきょろきょろしやがって。


 そんなだから毛が抜けてハゲるんだ。


 みっともないハゲとクチバシみたいな変な鼻とで、死肉あさりの臆病なハゲワシってとこだな、はははははははははっ」


 フォイビダスの顔色が変わった。


 彼はわし鼻も、頭のてっぺんが薄くなってきていることも、けっこう気にしていた。


 これほどの暴言を吐かれて、スパルタ王族としての誇りも傷つけられた。


「無礼な! 口のききかたに気をつけろっ。


 きさまのような田舎豪族いなかごうぞくなど、私のような王族とは、本来ならば口もきいてもらえんのだぞ。


 立場をわきまえろ!」


「ふん、何が王族だ。


 もともとは妾腹めかけばらのやっかい者のくせに。


 取り入っていた叔父おじのアゲシラオス王がすっかり元気になっちまって、今じゃ邪魔者扱いされてるんだろうが」


 ダリウスの目は、座っていた。


 薄くなった頭から湯気を出す、フォイビダス。


「こ、こいつっ!」


「そいでもって、前みたいに叔父おじさんにかまってほしくて、黄金獅子きんじしの首を自分が持って行って、叔父おじさんに見直してもらうんだぁい、だから取ってきてー、と俺さまにおすがりしたのを忘れるなよ。


 へへっ、叔父おじさんに見捨てられかけて、ハゲワシ将軍は半泣きなんだよなぁー」


「きさま──っ!!」


 さすがに怒りの頂点に達し、ついに剣のつかに手をかけるフォイビダス。


 完全に酔っぱらっているダリウスはそれでも平気で、体をのけ反らし、巨体を揺すって大声で笑った。


「ははははは、首がほしい死肉あさりのハゲワシが怒りやがった。


 ハゲが赤くなってるぞ、はははははは!」


 酔っぱらいダリウスの大笑いが響くなか、重みに耐えかねた木のきしむ音が、だんだん大きくなっていく。



――――――――――――――――*



人物紹介


● ダリウス(28歳)……テバイ軍総司令官ペロピダスの三弟。熊のような巨漢。

 『レウクトラの戦い』で、アフロディア姫の兄、クレオンブロトス王に右腕を斬り落とされ、隻腕。


● フォイビダス将軍……ふたつの王家のあるスパルタの将軍。エウリュポン王家のアゲシラオス王の甥。わし鼻が特徴的。頭のてっぺんがハゲかかっている。

 野心家で、テバイのダリウスと闇取引しているもよう。


● アフロディア姫(15歳)……ふたつの王家のあるスパルタ王国の、アギス王家の王女。ティリオンの恋人。

 『レウクトラの戦い』で、スパルタは敗戦。逃亡中。


【※二王制軍事国家スパルタには、アギス王家とエウリュポン王家のふたつがあります】


● ティリオン(19歳)……アテナイの将軍長アテナイ・ストラデゴスの息子。優秀な医師でもある美貌の青年。複雑な過去を持っている。


 スパルタ王女アフロディア姫と恋に落ち、『レウクトラの戦い』でスパルタが敗戦したため、姫を連れて戦場を逃げている。

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