密談 4

「おいっ、アテナイかコリントスが黄金獅子きんじしを捕まえた場合はどうするんだ、ときいているんだぞっ」


 酒に逃げようとするダリウスを問い詰める、フォイビダス。


「うー、うー、それはだなー、どうするかなあー」


 ダリウスが日頃はしない、難しいことを考える、という作業。


 それと、降格された悔しさから朝からやけ酒を飲み続けて、さすがにまわってきた酔いで、隻腕の巨体は全身真っ赤になってきていた。


 いい方法を思いつかないので、ソリムに八つ当たりして怒鳴る。


「こらっ、酒のつまみも持ってこいっ。


 気のきかねぇ餓鬼ガキだ、ぶっ殺すぞ!」


 ソリムが震え上がって去ると、また、ぐびぐびと喉を鳴らして酒を飲む。


 フォイビダスが怒って平手で机を、ばん! と叩いた。


「もういいっ。


 まともな計画はないし、やる気もないのもはなはだしい。


 酒ばかり飲んで、この役立たずめ!


 おぬしとの取引はもうやめだ。渡した金を返せっ!」


 ダリウスはごく小さく、ブツブツとつぶやいた。


「ふん、そんなもの、もうとうにないわ……」


「え? 今、何といった?」


 フォイビダスが耳に手を当てる前で、ぶんぶんと首を横に振るダリウス。


「なんでもな──いっ、 なんでもない!」


 それから、ひじから先のない右腕を突きつけて、振った。


「いいか、計画は考えておくし、やる気もある!


 俺はまだあきらめん。


 今から俺も、逃げた黄金獅子きんじしを捜してやる。


 そして奴の首を斬って、完全にとどめをさし直してくれる。


 だから金は絶対に返さん!」


「なにいぃぃぃぃっ!」


 金を返してもらえない、と知って、憤慨ふんがいして立ち上がるフォイビダス。


 が、熊のごとき巨漢ダリウスに酒で血走った目で、ぎろり、と睨まれ、野獣の牙のような黄色い歯をき出されると、弱腰よわごしになった。


 スパルタ人でも珍しいほど、巨大な体格のダリウス。


 彼の獰猛どうもう威嚇いかくもさりながら、こっそり忍んで来ている敵地で騒ぎを起こすのは、どう考えても得策ではなかった。


 両手の平を向けてなだめるように振る。


「いや、だから、その……


 お互い、難しい立場ではないか。


 私はこんなところでぐずぐずしてたら危険だし、アゲシラオス叔父上おじうえに怪しまれてしまう。


 おぬしとて、兄ペロピダスどのに怪しまれたくははあるまい。


 この取引は、なかったことにしていい。


 だから、金だけ返してくれ」


「だめだっ!」


 唾を飛ばして怒鳴る、ダリウス。


「俺はあきらめん、と言ってるだろうがっ。


 俺は必ず、黄金獅子きんじしを殺した男、として名を上げて、ペロピダスの奴を見返してやるんだ!


 ふん、ちょっとばかり先に生まれたぐらいで、ペロピダスめ、いちいち兄貴風をふかしやがって、さんざ俺を馬鹿にしやがる。


 だが見てろよ、奴を蹴落けおととして、いずれテバイ軍総司令官になるのはこの俺さまだ!」


 ぎしぎし椅子を鳴らしながら体をそらし、がぶり、がぶり、とまた酒をあおる。


 そして、農家の作業机も兼ねている、どっしりと大きなテーブルを蹴るように傾け、上げていた両足を下ろした。  


 からになりかけている酒壷をもった左腕ごと、斜めにテーブルに身を乗り出し、酒臭い息で断言する。


「もう一度約束してやる!


 黄金獅子きんじしを殺して、首はおまえにやる。


 俺はこの右腕の仕返しに、奴の右腕を切り取って、いただく。


 だからおまえは俺さまの言うことをきいて、もっと協力しろ。


 まずは座れ!」


 しぶしぶフォイビダスが座ると、 睨みつけるような目をして問うた。


「奴がもうスパルタに戻っている、なんてことはないんだろうな?」


 首を振る、フォイビダス。


「まさか! もちろん戻ってはいない。


 現在、スパルタ国境は厳重に見張らせている。


 そんな報告は来てないし、スパルタに戻ろうとして救援を求めれば、私にはすぐわかる。


 奴め、完全に行方不明だ。


 どこへ消えてしまったのか、さっぱりわからん。


 妹のアフロディア姫も行方不明だ。


 じゃじゃ馬め、どこへ消えやがった。おとなしく捕まっておけばいいものを……」

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