鍵をにぎる者 6

 いつもの調子で冗談めかし、パシオンが明るく言う。


「私は宣伝は得意だし、宣伝して高く売れそうなら、たとえ親でも何でも売っちまう。


 いやいやまてよ、私の強欲親父や口うるさいお袋なんぞ、無料ただと言っても引き取ってはもらえまい。


 でもティリオンなら、拝観料はいかんりょうだけでも儲かるな。


 いやー、あの国宝級の綺麗なお顔に傷がないらしくて、よかった。


 ようし、彼のいるテントの前で入場料の受付をやらせてもらおう。


 彼の目が覚めたら、独占契約と利益の配分についてすぐ交渉に入ろう」


 ぶっと吹き出したペイレネが、パシオンの背中を軽くたたいた。


「もう、パシオンったら、ふざけてばっかりなんだから。


 だめよ、親を売ったり、ティリオンを見世物にして儲けちゃ」


 それからため息をついた。


「けれど、その綺麗なティリオンの正体を知る事も、今後の私たちの活動方向を決める重要な鍵になりそうだわね。


 カーギルが私たちを全面的に信用して、心を開いて、すべて話してくれる気になってくれればいいんだけど」


「ですよねー。


 それにしても、あのスパルタ人どもの排他的はいたてきで横柄な態度や、カーギルの秘密主義にはうんざりしませんか。


 自分たちだけで固まってひそひそやって、勝手にどこかへ出かけていって戻ってきて、またひそひそする。


 どうしたんだ、何してるんだ、手伝おうか? と、親切で声をかけても、無視するか、『何でもない』とか『おまえたちには関係ない』とか、陰気に無愛想に言うだけ。


 そのくせ、こっちが持ってくる物資や情報は、当たり前のように『早くよこせ!』と要求してくる。


 命を助けて手当てしてかくまってやった上、ここまで味方してやってるのに、あの態度はなんだってんだ。


 ちっとは感謝して、友好的な姿勢でも見せろってんだ。


 ペイレネさまも、奴らにはいい加減、お腹立ちにはならないんですか?」


 ペイレネは悲しそうな顔になった。


「ごめんなさいね。


 あなたたちに嫌な思いをさせていることは、わかっているわ。


 でもどうかスパルタ人たちを許してやって。


 もともと閉鎖的傾向へいさてきけいこうの強い、プライドの高い民族であるところへ持ってきて、彼らは今、本当に追い詰められている。


 肉体的にもだけど、何より精神的に追い詰められていて、とても疑い深くなっている。


 まわりをおもんばかる余裕もないのよ」


 ペイレネは、沈んだ声で語った。


「ここにいるスパルタ人たちは、ふたりの王を失った。


 ひとりは、死によって。


 もうひとりは、自分たちへのによって。


 王を中心として、スパルタ教育で強い忠誠心をつちかってきたスパルタ人にとって、これ以上の悲劇と危難きなんはないの。


 スパルタ人が強かったのは、スパルタ式の厳しい訓練を受けた戦士ひとりひとりの心の内に、揺るぎない信頼と強い忠誠を寄せることのできる、王、というかなめがしっかり植え付けられていたから。


 それで彼らは安心して、疑いや迷いや憂いをもたず、全力で外に向かって戦いを挑めたのよ。


 ところが今、王を失って、彼らの信頼や忠誠心は行き場を失い、どうしていいかわからず彷徨さまよっていて、自分自身の存在意義をも見失いかけている。


 王、という存在は、スパルタ教育を受けたスパルタ人にはなくてはならないものなのよ。


 アフロディア姫、という希望があるから、まだ正気を保って踏みとどまってはいるわ。


 けれどその希望すら失われれば、中身のない虚ろな殺人兵器となって流れ歩くか、絶望して死んだ王の後を追うかもしれない。


 根っからのコリントス人のあなたには、こういう気持ち、理解するのは難しいかもしれないわね。


 私だって、コリントスとスパルタ、両方の国を経験しなければ、理解するのはなかなか難しかったと思うわ。


 コリントス人は主人やといぬしを失ったとしても、職を失うだけで、自分自身まで見失うことにはならないですものね」


 パシオンが考え込みながら、言う。


「なるほど。


 ペイレネさまご説明で、奴らのことがなんとなくわかりましたよ。


 しかし、それで思ったんですが……


 いくら肉体的に強くても戦いがうまくても、王という名の他人に、そこまで強く精神的に支配されなくてはやっていけなかったスパルタ人は、何だか哀れな気がします。


 小さい頃からそういう教育を受ければ、それがあたりまえになるんでしょうがね」

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