隠れ家(かくれが) 2

 アフロディアがいかにも感心した様子なので、ソリムはおかしくてクスクス笑った。


「お姫さまは拷問、拷問っていってるけど、これ、拷問なんかじゃないですよ。


 おもしろいし、おぼえておけばこれから先、役に立つと思います」


「ん――。だがな、そいつは役に立つまでの苦労がものすごいし、時間がかかりすぎる。


 それより、体を鍛えて剣や弓を練習した方が、元気になれるしスカッとするし、獲物や敵をガツンとやれて早く役に立つぞ」


 アフロディアの意見に、ソリムはちょっと悲しげな顔になった。


「僕は、獲物や敵をガツンとやるのは、向いてない気がするんです。


 勉強したことを役立てて暮らしていけたら、獲物や敵をガツンとやらずに済むかと思って。


 それに、えーと、物を書き記したり計算したり、自然の現象を観察することは、人間の成長や発達にとって、とても大切な事です。


 文化や文明は、これらを基礎にして始まり……えっと、ぶん……文学や……えっと、かが……」


「文学や科学に分岐ぶんきし、芸術や思想として高められつつ、人間は進歩してゆく、と言いたいのだろう?」


 ソリムのつまったところから先を、アフロディアがすらすらと言ったので、ソリムは目を丸くした。


「知ってるんですか?」


 アフロディアは得意げだった。


「ああもちろん、知っているとも。


 おまえもティリオンに聞いたんだろう、それを。


 ティリオンは、私にもそんなことを言っては、侍従長じじゅうちょうよりもおかしな難しいことをいっぱいおぼえさせたぞ。


 おまえみたいに、これから先、役に立つから、と言ってな。


 今は役に立ち方がわからなくてもいいから、学んでおきなさい、と私に毎日教えるんだ。


 せっかく私が、遊びにいこう! と誘っているのに、それで随分と余計な時間を使ったものだ。


 まあ、ティリオンが教えてくれるなら、私も我慢出来たんで色々とおぼえられたんだがな。


 ティリオンもおまえと同じで、勉強が好きっていう変態……ちょっと変な奴なんだ」


 それからあわてて付け足した。 


「あ、でも、変だけど、ものすごくいい奴なんだぞ。あんないい奴は他にはいないぞ!


 優しくて、親切で、頭が良くて、ものすごく綺麗だし、いざとなったらとっても強いんだ。


 最高に素敵で頼りになるんだ!」


 ここで、ぽん、と手を打つアフロディア。


「そうか! 頭が良いのと、獲物や敵をガツンとやれる強さと、両方あれば一番いいわけだな。


 ただ私は、やっぱり勉強はちょっとなー……ま、私にはティリオンがいるから、いっか」


 そして、アフロディアはまわりを見回した。


「それで、ティリオンはまだ戻らないのか?


 おまえの姉と、薬草を取りに行ったんだったな?」


 ソリムははっとして、屋根に開いている換気口カプネーから夜空を見上げた。


 月や星の位置から、夜もかなり遅い時間になっていることがわかった。


 ソリムは大好きな勉強に夢中になっていて、時の過ぎるのも忘れていたのだ。


 (えっ、これ、帰ってくるの遅すぎない?


 ティリオンの変装がばれるといけないから、噂話をきいたらうまく言い訳して、さっさと引き上げる、って言ってたのに……


 何かあったんだろうか?)


 たちまち不安そうになったソリムを、アフロディアはじっと見つめていた。


 少女から、王女の顔に変化したアフロディアは静かに、だが鋭く言った。


「おまえの姉と薬草を取りに行った、というのは嘘だな?」


「それは……」


「ふたりでどこへいったのだ?


 残兵狩りに見つかってはマズいから、人目を避けて、日が落ちてから出掛けたのだとしても、かなり時間がたってるぞ」


「………」


「行き先を私に教えるなと言われたな。


 それでは、いつごろ帰る予定だと言っていたのだ?」


「………」


 どちらも固く口止めされているソリムが答えられずにいると、アフロディアはあごに手をあてて考え込んだ。


 その姿は、かつて、考えるときあごに手をあてる癖のあったクレオンブロトス王と驚くほど似ていた。


 考え始めてわずかで、アフロディアの顔色は変わった。


 ソリムの肩を激しくつかむ。


「兄上さまを捜しに行ったんだな、ふたりで!


 今は危ない、と言って止めたのはティリオンの方だったのにっ!」


「あっ……あ……」


「お願いだ、教えてくれ、ティリオンはどこに行った?」


「あの……あの、僕……あの……あの…」


「それに、なぜおまえの姉なんかがついて行ったのだ。


 あんなただの村娘、戦えるわけでもなし、いざという時は足手まといになって、余計に危なくなるではないか!」


「あの……あの……」


「さあ、どこに行ったか教えろ! あの、あの、じゃわからんっ!」


「あの……あ……その…」


 スパルタの黄金獅子きんじしの妹が、えた。


「さっさと言えっ! ふたりはどこに行ったのだっ?!」


「ひっ、テバイ陣の酒宴に……」


「テバイ陣の酒宴だと?!」

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