第十七章 隠れ家(かくれが)
隠れ家(かくれが) 1
奴隷村のはずれの農家。
レジナとソリム
留守番と、スパルタ王女アフロディア姫のお
日も完全に落ちて、ろうそくをともす頃。
起きてきた『恐ろしいお姫さま』は、意外にも、いたっておとなしかった。
姉のレジナとティリオンのいない理由を、姉の指示通りに、
「薬草を取りにいきました」
と、答えると、こくんと素直に頷いた。
差し出された貧しい夕食を文句ひとつ言わずに全部食べ、ティリオンに託された薬を渡すと、
ソリムはほっとして、ティリオンに教えてもらっている、文字を書く練習の続きをすることにした。
ティリオンに文字の書き方や計算の仕方を教わって、ソリムは、そういったことが非常に楽しく自分に向いているのを発見していた。
奴隷村にはもちろん学校などなかったから、初めて知った新しい知識の世界に、ソリムは夢中になった。
もともと頭の良かった彼は、素晴らしい速さでみるみるそれらを吸収しつつあった。
今夜は姫ぎみのお
ティリオンが木に彫ってくれた手本を、ソリムは無心に指でなぞっていたが、ふと影に気づいて顔を上げた。
見事な金髪を、豪華な滝のように肩と背中に流したアフロディア姫が、横にひょっこりと立っていた。
明るいうちからたっぷり寝たので、どうやらまた目を覚ましたらしい。
頬に元気の色をとりもどした、輝く
彼は心のなかでこっそり『恐ろしいお姫さま』を、『恐ろしいけど綺麗なお姫さま』に変更した。
アフロディアはソリムに、無邪気に問うた。
「何をしているのだ?」
ソリムは頬を赤くして、緊張してスパルタのお姫さまに答えた。
「じ、字の練習です。勉強をしています!」
するとアフロディアは、非常に
同情心をこめた声。
「ふーん、誰にそんなことを命令されたのだ?
夜にまでそんなことをさせるなど、ひどいな。 昼でもひどいが。
つらく悲しいおまえの気持ちは、よくわかるぞ。
私も
ソリムはびっくりした。
「ええっ拷問?! 拷問だなんてとんでもないです!
つらくも悲しくもないですよ。
僕これ、とっても好きなんです。
字をおぼえたり計算したりするのが、楽しいんです」
アフロディアは、ぽかんと口を開けた。
「は? 楽しい?」
少し考えてから、ニヤリと笑ってソリムの肩をぽんぽんと叩いた。
「ああ、上からの命令は絶対だからな。不服の態度はダメだ、わかっておるとも。
でも私の前では、やせ我慢をしなくともよいぞ」
「え、やせ我慢って?」
当惑するソリムに、アフロディアは顔を寄せた。
悪事を
「そんなめんどくてややこしいことをやってると、お尻がむずむずしてくるはずだ。
イライラして手や足が細かく震え、頭もくらくらして痛くなってくる。
悪い病気にかかってしまったか、と心配していると、次にはやたらと眠くなってくる。
そんな体に良くないことは、適当に誤魔化して、やってるふりだけをしておけばいいのだぞ」
ソリムは、ぷっと吹き出した。
面白くなって緊張がほぐれ、スパルタのお姫さまがとても親しく感じられた。
「アハハ、そんなことないですよー。
むずむずも、イライラも、くらくらも、眠くなったりもしませんよ。
僕はホントに、これをやってると楽しいんです」
アフロディアが驚いて、軽くのけぞる。
「そんなめんどくてややこしいことが、おまえは本当に楽しいというのか?!」
ソリムは笑って頷いた。
「はい、もっとめんどくてややこしい勉強でも、いっぱいやりたいです。
新しいことがわかったりおぼえられると、わくわくするので」
腕組みをしてうなる、アフロディア。
「うーむ、ソリムとやら、おまえ変態……たいそう変わっているな。
けれど、この拷問を楽しめるとは、変わってはいるが、実は大した奴なのかもしれんなぁ」
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