第十五章 弁士登場

弁士登場 1

 こうして、ペロピダスと側近兵、フレイウスとギルフィとマイアン、ペイレネ。


  かなり遅れてプロクテーテスもがゆさゆさ駆けつけたときには、踊り子ティリオンと赤毛のレジナの姿はすでになく、事件現場は大混乱のただ中にあった。


 意味なく右往左往してぎゃーぎゃー騒いでいる酔っ払い兵士たちに向かって、大声を張り上げるペロピダス。


「静まれっ、静まれ――――っ!!」


 兵たちが静まると、ペロピダスは、血の海の中に死んでいる巨漢の三弟ダリウスに。


 アテナイの三人は、気を失ったまま倒れているアルヴィに駆け寄った。


 大いに酒を飲んで騒げ、という命令を受けて、大喜びで従ったアテナイ兵のうち、かろうじて完全に酔い潰れていなかったふたりのアテナイ兵が、アルヴィの頭のそばに座り込んでいた。


「アルビたいちょお、ひっかりひてくらはいよほ」


「おろりこのおんらは、にげてひまいまひたよぉ」


「すこいびっじーんのおろりこれしたねぇ」


「れもあのおろりこのおんら、ろこかれみたようらきがしゅる」


 などと、ろれつのまわらぬ声で言っているのをギルフィが押しのけ、双子の弟の上半身を抱き起こして、懸命に呼びかけた。


「アルヴィっ、しっかりしろ! アルっ、おいアルっ、アル!」


「……う……ううっ」


 呻き声を上げて、アルヴィがうっすらと目を開いた。


 かがんでのぞき込んでいたアテナイの三人の口から、ほーっと安堵あんどのため息がもれる。


 軍医マイアンが、兄の手に抱えられているアルヴィを軽く診察し、大丈夫、と頷いてみせたので、フレイウスは立ち上がった。


 責任者としての役割を果たさねばならない彼は、厳しい表情でペロピダスと対峙した。


 三弟ダリウスの死を確認して来たペロピダスの双眸そうぼうは、煮えたぎる噴火口の炎熱を宿していた。


 ダリウスの喉に突き刺さっていた、アテナイ軍のふくろうの紋章入りの、アルヴィの剣を見せつけて言う。


不肖ふしょうの三弟だった……


 だがこうなった以上、レウクトラ戦線同盟規約せんせんどうめいきやくに従って、それなりの処分をさせてもらうぞ!


 よろしいな、フレイウス司令」


 激しやすいこの男が、この最悪の状況にしては静かすぎる口調で言ったことが、かえって怒りの大きさをあらわしていた。


 この場合の同盟規約どうめいきやくに従う処分、というのは、許可ない勝手な私闘しとうによる致死には、死をもってあがなう、ということであった。


 状況把握とその打開策に頭脳をフル回転させながら、フレイウスは反論すべく口を開きかけた。


 そのとき、よく通る声が朗々ろうろうと響き渡った。


同盟規約どうめいきやくは今回、関係ありませんぞ。


 あなたの三弟ぎみを殺したのは、そのアテナイ士官ではない!」


 そう言って、皆の注目する中、事件現場と三軍の長たちを遠巻きにする兵士たちの間から、ひとりのコリントス士官が進み出た。


 短い金髪、茶色の目。


 中肉中背で、たくましいというほどではないが、男らしいしっかりとした体格をしている。


 顔立ちは、まあまあ感じのいい程度。


 年は三十歳前、といったところであろうか。


 一見しただけでは、とりたてて特徴のないごく普通の男だった。


 ただ、その明るい茶色の瞳は、好奇心旺盛こうきしんおうせいな子供のような輝きを持っていた。


 唐突に、横から口出しをしてきたコリントス士官に、ペロピダスが怒りの噴きこぼれるような顔を向ける。


「なんだっ、きさまは?!」


 口出しをしてきたコリントス士官は、なかなか度胸のある人物らしく、恐れる風もなくにっこりと笑った。


 対峙するペロピダスとフレイウスそれぞれに、胸に片手をあて丁寧に一礼ずつして、言う。


「いきなり失礼いたしました。


 テバイのペロピダス総司令、それからこちらは、アテナイのフレイウス総司令、とお見受けいたします。


 私は、なんちゃって部隊……コホン、いえ、コリントス軍第101いちまるいち小隊の隊長、パシオンと申す者。


 僭越せんえつながら、テバイ、アテナイ間のいらぬ紛争を防ぐため、この争いには中立であるコリントスの立場から、事件の目撃者として、公平に正確に証言させていただきたく存じます」


 実になめらかな、かつ、説得力のある口調であった。


 それにこのパシオンという男、非常によい声の持ち主だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る