踊り子 7 *
テバイ本陣、主賓天幕の中。
ペロピダスは、アテナイとコリントスの総司令官を酔わせて、スパルタの
女好き酔っ払い中年男の目で、きりりと美しいペイレネを眺めて、でろん、としている。
フレイウスのほうは渡りに船と、こんな主催者ペロピダスを、ペイレネとプロクテーテスというコリントス側に押しつけて、そろそろ酒宴から引き上げようと考えていた。
もちろん、ギルフィの報告の赤毛の娘の家に行くためである。
これで最後、と思って軽く言った。
「プロクテーテス司令。
副官とはおっしゃいますが、お嬢さまを連れて歩かれるには、戦場は危険すぎる場所。
十分、お気をつけになってください」
明らかに社交辞令とわかる、平坦な口調のフレイウス。
ところがプロクテーテスは、太い首で何度も熱心に頷き、このフレイウスの言葉に食らいついてくる。
「そうなのです、そうなのです!
もちろん連れてくるつもりなどなかったのです!
ところがこの娘、いつの間にか先まわりしておりましてな。
なんと、わしよりも先にこのレウクトラにいる始末でして。
それに、兵どもがひどくなついておりましてねえ。
わしの言うことより、娘の言うことの方をよくきいたりするもんですから、とうとう女だてらに、副官、ということになってしまったのですよ。
スパルタ以外で女で副官など、前代未聞でしょう?! でしょでしょう?!」
「……まあ、そうですね」
迷惑そうなフレイウスと、横目で睨むペイレネの前で、ペラペラと長広舌をふるい始めるプロクテーテス。
「以前から
女は正式には軍に入れないきまりですが、趣味の範囲ならいいだろう、と大目に見ておりました。
けれども、軍の部隊編成や人事にまであれこれ口出しするようになったので、
『女のくせに差し出たことをするんじゃない。国を守るのは、男のする仕事だ。
女の趣味や遊びではすまないのだぞ』
と、叱りました。
するとですね、この娘ときたら、
『自分ほど、兵たちのことをよく知っている者はいない。
士官として正式に入隊させてくれれば、コリントス軍を今の倍は強くしてみせる。
試しに、軍の模擬戦で指揮をとらせてみろ。必ず勝ってみせるから』
と、言い出したのです。
しかも『なんちゃって部隊』などと、皆に馬鹿にして呼ばれていた、ぐうたらでちゃらんぽらんでへそ曲がりばかりの、どうしようもない兵ばかりを寄せ集めた部隊を率いて、勝つ、というんですよ。
そこで試しにやらせてみますと、なんと、精鋭部隊を相手に圧勝したばかりか、そのあとも連戦連勝、負け知らず。
これには驚きました。
それからというもの、兵どもが『勝利の女神』などと呼んで、おだてるものですから、余計に軍事にのめり込むようになってしまいましてな。
困ったものです。親として頭を痛めております。
ひとり娘で、とっくに
このままでは孫の顔も見れぬのではないかと、心配で、心配で……」
父プロクテーテスの話をここまで我慢して聞いていたペイレネが、さすがに限界にきて、憤懣やるかたない様子でプロクテーテスを強くひじでつつく。
「総司令っ、本当にもう、やめてください!
よそさまの酒宴で、どうして私の話ばっかりするんですか? 本気で怒りますよ。
内輪のつまらない話はそこまでにして、どうか別のお話をなさってください」
けれどプロクテーテスは
「やはり感受性の敏感な時期に、長いことスパルタなんぞに人質に取られていたのが良くなかったのです。
ああ、
「「スパルタに?!」 」
――――――――――――――――――――*
人物紹介
● ペロピダス(32歳)……レウクトラ戦線、テバイ軍総司令官。
女好き。威勢のいい女が好み。スパルタの、アフロディア姫に熱を上げている。
● フレイウス(26歳)……レウクトラ戦線、アテナイ軍総司令官。
『アテナイの氷の剣士』と異名をとる剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』
● プロクテーテス(40代後半?)……レウクトラ戦線、コリントス軍総司令官。
恐ろしく太っていて、汗かき。食べることと、ハグが大好き。
● ペイレネ(21歳)……レウクトラ戦線、コリントス軍副司令官。
プロクテーテスの娘。
かつて、スパルタで人質時代を過ごしたことがあり、クレオンブロトス王と恋仲だった。
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