予期せぬ展開 6 *

 酒の神の踊り子にされてしまったティリオンを真ん中に、円陣になって浮かれ騒ぐ酔っ払い下級兵士たち。


 誰かがどこからか太鼓を持ち出してきて、叩き始めた。


「さーあ、ねーちゃん、これ一応音楽……だよな? 早く踊ってくれよ」


「ぼんぼんぼんぼぼぼん ぼんぼんぼんぼぼぼん ぼんぼんぼんぼぼぼぼん 〜」


「わーい、わーい、酒の神に捧げる踊りだ!」


「うほほーい、酔っ払いの神さまに捧げる踊りだ!」


「おーい、踊れよ、何してやがる!」


「早くぷりぷりとケツ振って、踊るんだよ!」


「デカい胸も振って……って、あれぇ、胸は全然ないなぁ。しょぼん」


裸踊はだかおどりでもいいぜっ、全然いいぜっ、うほっ」


「本場デルポイの、すげぇ踊りを見せてくれよっ」


「もったいぶってねぇで、早く踊れよ!」


「踊り子――っ、踊れっ、踊れ! お、ど、れ!」


 お、ど、れ! お、ど、れ! お、ど、れ! お、ど、れ! お、ど、れ! お、ど、れ!!


 全員が声を合わせ、手を叩き、足を踏み鳴らしはじめた。


 酔っぱらった兵士たち数百人が同時にたてる、凄まじい叫び声と手拍子足拍子は、ほとんど物理的な暴力となってティリオンを打ちのめした。


 めまいに襲われ、よろめき、両手で耳をおさえる。


 この場を脱する方法が急には思いつかず、恐慌状態に陥りかけていた。 


 耳をおさえて立ちすくんだまま、全く動こうとしない踊り子に、男たちの期待の叫びが、だんだん不満の怒鳴り声にとってかわっていった。


「なんだよーっ、てめえ、踊らねぇのか?!」


「踊り子のくせに、踊れねぇってのか?!」


「俺たちをなめてやがんのかぁ?」


「気取ってんじゃねぇよ!」


 最初は、誰かが投げた、食べたあとの果物の芯だった。


 それを皮切りに、次々と色々な物が踊り子に投げつけられはじめる。


 卵、パン、果物、歯型のついた肉、食物の器、酒の壷、敷物、サンダル、脱いだ服、兜……


 罵声や悪態とともに、雨あられと投げつけられる品物の中で、それでもどうする事もできないティリオン。


 投げられた物による打撃を何度か受け、とうとううずくまって丸くなってしまった。


 踊れない踊り子への、怒りと非難と攻撃は続く。


「えーい、このペテン師め!」


「踊り子だなんて期待させといて、騙しやがったな!」


「酒の神もお怒りだぜっ、バカヤロ――ッ!」


 と、投げられた物の一つがティリオンの頭に当たって、こめかみのレジナの木彫りのブローチを弾き飛ばした。


 両手で耳を押さえていたため、頭への打撃は軽くて済んだが、ブローチを失い、顔下半分を隠していた青いヴェールが、はらり、と下がった。


 うつむいたままティリオンは、ブローチをはじき飛ばし、自分の顔をあらわにした物を見た。


 それは、どの酔っ払いが投げたのか、さやに入ったままの剣だった。


 剣士として鍛えられた手が、ほとんど無意識のうちにのび、目の前のそれをつかむ。


 剣を手にすると、訓練された条件反射で恐慌状態がおさまり、明瞭な意識がティリオンの内に戻ってきた。


 (こうなったら、やれる事をやるしかない!!)


 何かにかれたような決意の表情で立ち上がり、すらり、と輝く刃をひき抜き、さやを下に落とす。


 そして抜き身の剣を正面に構え、ゆっくりとその場で体を回して、こうべを巡らした。


 ティリオンの視線のなでてゆくところ、吸い込まれるように罵声や悪態が消え、物を投げようとしていた手もぴたりと止まる。


 ついに中央広場は、しん、と水を打ったように静まり返った。


 化粧の顔をあらわにした踊り子の、凄い美貌と気迫に、全員が度肝を抜かれて目を見張り、固唾かたずを飲んでいた。


 もちろんティリオンには、女の色っぽい踊りなどはできない。


 彼にできるのは、かつての武術の師フレイウスに教わり訓練された、剣技と身軽な身体運動アクロバットだ。


 それらを使って踊るしかない。


 そう、剣の舞つるぎのまいを。

 

 女の色っぽい踊りを期待している酔っ払い兵士たちが、それで満足するかどうかはわからないが、全力を尽くすしかなかった。


 テバイ陣の中央広場で、美貌の踊り子ティリオンが、頭上に大きく剣を振り上げた。



――――――――――――――――――*



【※アクロバット(acrobatics)とは、常人には行いがたい身軽な身体運動や熟練の身体運動のこと。またそれを行う人物です。


 舞台芸術およびスポーツ競技として行われるアクロバットという言葉は、ギリシャ語の akros(高い)と bat(歩行)からきています。


 アクロバットの歴史は非常に古く、紀元前2000年頃からあります。古代ギリシャの壷にもアクロバットをする人物が描かれています。


 バランス、機敏さ、コーディネートの高度な技を要する全身運動(特に短時間に爆発的な動作を伴うもの)を用いた舞台芸術やスポーツは、いずれもアクロバットとみなすことができ、ダンス、および飛込などの各種スポーツ、時には宗教行為も含まれます】

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