予期せぬ展開 5

 当然ながら大樽女は、ティリオンが首を横に振ったのを、踊り子ではない、という意味に解釈した。


「酒の神ディオニュソス神さまの踊り子じゃない、っていうのかい?


 じゃあんた、デルポイで何してたんだい」


「………」


「本当は当たりなんだろ? あんた、デルポイの踊り子なんだろ?


 酒の神の踊り子なら、その変な恰好もわけがわかるよ」


「………」


「ちょっと、聖なるデルポイの踊り子は、あたしなんかとは口もきけないっていうのかい?!」


「………」


「ああそうかいそうかい。あんた、ずいぶん偉いんだねぇ。


 いいよ、返事してくれるまで、あたしゃここを動かないからね」


「!!」


「ねぇそうなんだろ?


 あんたデルポイの踊り子なんだろ?  そうなんだろ?」


 また首を横に振れば、ではおまえは何者だ、ともっと問い詰められてしまうだろう。


 けれども、何らかの意思表示をしなければ立ち去ってくれそうにない。


 大樽女の追及に、厨房天幕ちゅうぼうてんまくの他の女たちの視線も集まり始めている。


 やむなくティリオンは、曖昧あいまいに頷いた。


 大樽女は、にったり、と悪意たっぷりに笑った。


 やにわにティリオンの右手首を、贅肉ぜいにくのついた右手でつかんできた。


 ギョッとして、大樽女の手を振りほどこうとしたティリオンの頭に、レジナの注意がよぎる。


 『男っぽい動きは絶対だめだからね。ばれるよ』


 ティリオンが躊躇ちゅうちょしうろたえている間に、大樽女は左手で、彼が芋をむくのに使っていた小刀こがたなを取り上げ、脇にぽいと投げ捨てた。


 本格的に両手で、ティリオンの腕をがっしりとつかんだ。


「やっぱりね、デルポイの踊り子。酒の神の踊り子。絶対そうだろうと思ったよ。


 ちょうど良かった。にぎやかしに踊り子でもいないのか、って兵隊のみなさんが言ってるんだ。


 あんたに踊ってもらう事にしたよ。


 さあーぁ、みなさん、本場デルポイの酒の神の踊り子さんはここだよ――っ!!」


 大樽女の大声に、すぐ外で待ち構えていたらしい酒に酔った兵士たちが、


「ウォ――イッ!!」「ヒャッホ――ゥ!!」


 などと嬉しそうな奇声をあげながら、天幕にどっとなだれ込んできた。


 大樽女にがっちり腕をつかまれたまま、予期せぬ展開に驚愕しているティリオンに、みんなで襲いかかる。


 ウホホ――ィ! ワホホ――ィ! という歓声ととも、担ぎ上げた。


「踊り子がいたぞ! わっしょい、わっしょい!」


「酒の神の踊り子だ! わっしょい、わっしょい!」


「踊ってもらうぞ! わっしょい、わっしょい!」


 胴上げの要領で、空中にぽんぽん何度も放り上げられる、ティリオン。


 とっさに頭と顔を両手でかばったため、青いヴェールは外れなかったが、胸に布で巻きつけていたパンは、ふたつともどこかへ飛んで行ってしまった。


 それでも、酔っ払って勢いづいた兵士たちは気付かず、たくさんのごつい手でつかんで持ち上げたまま、ティリオンを自分たちの宴会場まで運んでいった。


「さ――っ、お待ちかねの踊り子さんがきましたよぉぉ――っ!」


 大勢の、ワアアアアアア――――――ッ!!!! という叫び声。


 ティリオンは、混みあっている中央広場の兵士たちの真ん中に、かなり乱暴におろされた。


 あわてて立ち上がる、青いヴェールのティリオン。


 円陣で囲んだ酔っ払いたちから、野卑やひな野次が飛ぶ。


「いよ――っ、待ってましたっ、腰振り踊りねえちゃん!」


「色っぽーく、ぷりぷりってケツ振って踊ってくれよなっ」


「うへへへ、怖がってるとこがきゃわいいっ。俺好みっ……けど胸がないなぁ」


「たりらりらりらりらりらら〜んたりらりらりらりらりらら〜……」


「おおお、お、俺も一緒に踊るぜ! 一緒にやりたいっ、頼むやらせてくれっ」


 男たちの熱気と興奮の渦。


 窮地きゅうちに追い込まれ、青ざめて、まわりを見回すティリオン。


 彼の目に映るのは、酒に酔い、はめを外して大騒ぎし、本能のまま野獣のようにえている男たち。


 うたげをさらに盛り上げてくれる踊り子の色っぽい踊りを期待して、はしゃぎまくっている何百人もの荒くれ兵士の囲みである。


「うぉーい、酒の神の踊り子さんよ、エロエロな踊りを、一発頼むぜ!」


「たーらりらりららりりりらーたーらりらりららりりりらー……」


「おどりおっどるなぁ~らぁ、ちょぃとデルポイおんど、ヨイヨイ」


「どーしたんだよ、さっさと踊れよ!」


「踊るには、音楽がいるんじゃねぇか?」


「そーだ、音楽。だれか音楽をやれ!」

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