予期せぬ展開 2 *

 テバイとエウリュポン王家の内通など、いくさの前からとうに承知しているアテナイのフレイウスは、そこは素知そしらぬふりをしながらも口撃こうげきをゆるめない。


「なるほど、勝利の女神がついているから、不思議なほど効果的な伏兵を置けた、とおっしゃるのですね。


 神といえば、あの平和会議の際の、テバイ反乱分子が神託都市デルポイを占拠したという誤報ごほう


 あれはとんでもない誤報ごほうでしたな。


 どうしてあのような誤報ごほうが出たのか、くわしく聞かせていただけませんか?」


 次々と、痛いところにぐさぐさ切りこんでくるフレイウス。


 いつの間に防戦に回ってしまったのか、とペロピダスが苦々しい顔になりつつ、答える。


「あ、あれはまだ調査中です。


 我々もあの誤報ごほうには驚きました。


 だが冷静に考えてみれば、聖なるデルポイを占拠するなど、たとえ反乱分子でもそんな罰当ばちあたりな事をするはずはない。


 誰でも何かの間違いと、すぐ気がつきそうなものでした」


「ほう、間違い。


 間違いでデルポイ使節団長に脅迫状まで届くとは、随分と恐ろしい話ですな」


「いや、いやその……あの脅迫状も、とんだ手違いでしたな」


「なんと! 脅迫状まで手違いとおっしゃいますか。


 これは驚いた。


 そんな間違いとか手違いとかが多いのに、それでもいくさに勝ってしまうとは、テバイにはよほど強力な勝利の女神がついているようだ。


 しかし本当は、勝利の女神、ではなく、勝利の男神、ではありませんか?


 テバイには『神聖隊しんせいたい』もあることですからね。女神ではなく男神でしょう。


 まさか、タンポポ頭の男神、というわけではないでしょうが、できれば近寄りたくない、ぞっとするような男神さまがぴったりとついていそうですな、フッ」


 冷笑するフレイウス。


 兄として恥ずかしく不快にも思っている、非常識で見境のない同性愛者の次弟ネリウスのことまであてこすられて、ペロピダスの内心は煮えくり返った。


 (こいつっ、なんて憎たらしい野郎だっ!


 それにこいつ、剣だけでなく口まで達者たっしゃな奴だったとは!


 くそっ、酔っ払わせてべろんべろんにして喋れなくしてやる)


 フレイウスが酔いつぶれて喋れなくなってしまったら、当初の目的である、スパルタの黄金獅子きんじしとアフロディア姫の行方にさぐりを入れられなくなってしまう。


 けれども、腹をたてて頭に血がのぼったペロピダスは、そんなことは二の次になってしまって、飲み比べで勝つことが主目的にすりかわってしまっていた。


「は、ははははは、神罰が当たるといけませんから、そういう話はそろそろやめましょう。


 さあさあ、遠慮せずもっと飲んでくださいよ。せっかくの楽しい酒の席なのですから、どんどんいきましょう、どんどん、どんどん」


 そう言って額の癇筋かんすじをぴくぴくさせながら酒壺を取り、腰を浮かせて腕をのばしたペロピダスは、手ずからフレイウスの杯へ、ドボドボドボッ! と荒っぽく酒を注いだ。


 ニヤリと笑う、フレイウス。


「賛成です。どんどんいきましょう」


 同意して別の酒壷を取り上げ、ペロピダス同様に腰を浮かせて腕をのばし、相手の酒杯になみなみとめいっぱい注いでやる。


 そして座りなおすと、挑戦的にあおの目を光らせて自らの杯を掲げた。


「ギリシャの栄光に」


 負けじと、声を大きくしてペロピダス。


「同盟の勝利に!」


 ふたりの酒豪しゅごうが酒杯を一気に干すのを、ギルフィとマイアンは感心して眺めていた。



―――――――――――――――――――*



【※『神聖隊しんせいたい』……エパミノンダスが発案、テバイポリスが特別に養成した、特殊選抜隊とくしゅせんばつたいです。


 互いに愛しあう戦士二人ずつの150組300名の一団で、愛人である戦友たちが、戦いながら身をていして友を助け、愛する友の前で逃げ出したり、卑怯なふるまいをみせまいとすることから、勇猛無比ゆうもうむひの実力を発揮するようになっていました。


 古代ギリシャでは、男性の同性愛はごく一般的なことでした。


 そして当時の戦いというのは、いざというとき兵士が恐怖して逃げたり、負けそうになると敵に寝返ってしまう、というのがかなりあって、それが敗因になる場合が多かったのです。


 だからテバイの『神聖隊しんせいたい』のように、愛情でつながっていて逃げない兵、あるいはスパルタ市民戦士のように、スパルタ教育を受け、王のもとに一丸となって戦う忠誠心の強い兵、といった、最後まで勇敢に戦いぬく兵士、というのは貴重で強かったのです】

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