第十三章 予期せぬ展開

予期せぬ展開 1 *

 (アルの奴、いやに遅いな。どうしたんだろう?)


 双子の兄のほうギルフィは、フレイウスの隣で豚肉を口に入れながら、双子の弟のアルヴィがなかなか戻らないことに気をもんでいた。


 天幕の内は暑く、奴隷女たちが数人、大きな団扇うちわで風を送ってくれているものの、すぐ喉が乾く。


 ここには、酒以外の飲み物が置いてなかった。


 つい酒杯に手がいきそうになるのを、ギルフィは我慢していた。


 フレイウスと違い、双子はどちらもあまり酒に強くなかったのだ。


 豚肉をモグモグ噛みつつ、ギルフィは不満げに眉を寄せた。


 (あーあ、外は涼しいだろうな、早く交代したいよ。


 アルの奴、きっと外で涼んでて、それでなかなか帰ってこないんだな。


 ちぇっ、あいつはいつもちゃっかり要領がいいんだから、ずるいよ。


 交代なんか待ってないで、フレイウスさま、外に出る用事を何かいいつけてくれないかなー)


 そう考えてギルフィは、フレイウスを見た。


 フレイウスは、ぶどうをつまみながらペロピダスと話をしている。


 (そうだ、僕も汁気の多い果物を食べればいいんだ!)


 賢明な上官にならって、ギルフィは早速、果物の器に手をのばした。


 ペロピダスは、まず相手の機先を制し、話の主導権を握ろうとしていた。


「『斜線陣しゃせんじん』を実際に使ってみたのは、今回のいくさが初めてだったが、素晴らしい成果でした。


 テバイ軍の大勝利。我が親友エパミノンダス参謀長の頭脳の勝利、と言えるでしょう」


 ぶどうをつまむ手を止めて、軽く頷くフレイウス


「確かにそうですな。


 エパミノンダスどのがご不在でなければ、『斜線陣しゃせんじん』を発想なさった時のことなど色々と教えていただけたのに、残念です」


 次にペロピダスは、いよいよ攻めにはいった。


「アテナイ軍も我々の勝利に乗って、黄金獅子きんじしを追いつめたあの林にかなり接近した場所まで出ておられましたな。


 だが、あそこで急に我々テバイ軍の前方に横入よこはいりしてきて、アテナイ軍を広い範囲に展開させたあげく、止まってしまわれたのはなぜですかな?


 ひとつにはあれのせいで、我々テバイ軍の追撃がはばまれ、いまだにスパルタの黄金獅子きんじしもアフロディア姫もどちらも行方が不明、という事態を招いているのですぞ。


 フレイウス指令、あの時、あなたご自身が前に出てこられるなど……」


 ペロピダスにみなまで言わせず、フレイウスは言葉をかぶせた。


「あれはおたくの伏兵ふくへいを、スパルタの伏兵ふくへいと間違えて、これ以上うかつに進むのは危険だと知らせて差し上げようとしたのですよ。


 あらかじめ大量の伏兵ふくへいを、不思議なほど効果的な配置で置いておられたようですね。


 しかし、同盟軍である我々には伏兵ふくへいのことなど何の連絡もなかったのですから、間違えてしまっても仕方のないことでしょう。


 あれが本当にスパルタの伏兵ふくへいなら、同盟軍として早急に危険を知らせねば申し訳ないですから。


 私も前に出て、テバイ軍を助けようとしたのです」


 もちろんこのフレイウスの話は、嘘である。


 フレイウスは、いくさの前にアテナイ側が予測していた、戦闘序盤にみせしめとして行われるであろうスパルタによるティリオン処刑の情報を、つかめなかった。


 それは当然ではあった。


 クラディウスが、すでにスパルタでティリオンを逃がしてしまっていたため、処刑はなかったのだ。


 しかしそんなこととは全く知らないフレイウスは、この上なく焦った。


 戦闘終盤になってほぼ勝利が確定する頃になっても、ティリオン処刑に関する情報は全く得られず、フレイウスにとって状況は切迫していた。


 そこで、テバイ軍の追撃隊の前方にアテナイ軍を強引に横入よこはいりさせて妨害し、テバイ軍と大いにもめながらも前に出て、ティリオンを捜そうとしていたのだ。


 もちろん、このことをペロピダスはじめテバイ側に気取けどられては困るので、フレイウスは間をおかず逆襲の口撃こうげきを始める。


「前もって敵の作戦をすべて知っていたような、大胆な伏兵ふくへいの置き方で感心いたしました。


 ひとつ、あの配置に至った経緯について、ご教授願えませんか?」


「ええっ! ああ、あれは、そのー…… 」


 答えにつまる、ペロピダス。


 伏兵ふくへいを効果的に置けたのは、スパルタ・エウリュポン王家のアゲシラオス王とテバイのエパミノンダスが内通していたからだが、それをアテナイに知られたくないペロピダスも、嘘をついてうまく誤魔化さなければならない。


「いやまあ……


 あれは、適当に置いたというか、それが偶然当たっただけで、経緯というほどのものはないんですよ。


 きっと勝利の女神が、テバイに気があったのでしょう」


 想定にない口撃こうげきを受けると、とっさの嘘が上手ではないペロピダスだった。



―――――――――――――――――――*


【※伏兵ふくへい…… 敵の不意を襲ってうつために、ひそかに隠れ伏している兵です】

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