酒宴の始まり 3
アテナイ側が思ったよりもずいぶん早く酒宴にやって来たため、自分もとり急ぎ、酒宴に出る身支度を整えた、ペロピダス。
酒と料理の準備が
今夜のテバイ本陣は、かがり火の数がいつもの倍も焚かれ、とても明るい。
酒と料理のうまそうな匂いが立ちこめ、各所で立ち番をしている衛兵がよだれのでそうな顔をしている。
ペロピダスが前を通ると、あわてて表情を引き締めた。
酒宴の前の本陣の最終点検も兼ね、ペロピダスは遠回りして、各天幕の間をぬって歩いた。
ふと、井戸のそばのひとりの女に目をとめて、立ち止まる。
それは、ことのほか風変りな格好をした、背の高い女だった。
目だけを残して、頭も顔の下半分も青い薄布のヴェールですっぽり覆い、いくつかのピンと、こめかみのあたりで木彫りのブローチを使ってとめている。
頭部をほとんど覆い隠すその青い薄布のヴェールは、繊細な植物模様の縁取りまであって、貴族の婦人の持ち物といってもおかしくない上等の品物だ。
なのに、女が体に着ているペプロス【※ギリシャ衣装の一種】は、貧民のシーツのような非常に安っぽい布だった。
しかも、背が高すぎて布面積が足りなかったのか、ポルパイ【※安全ピンのように針に覆いが付いたピン】で両肩をとめ、腰を
その足を隠すためか、スキタイ人傭兵のはくようなズボンまではいていた。
総合すると、話に聞く遠い異国の、砂漠の国かどこかの踊り子のようにも見えた。
青いヴェールの女は、ひょろりと細い体を上手にしならせて、井戸の重い滑車のロープを力強く引き、連続してざばざば水をくんでは、大きな樽に注ぎ込んでいた。
水をくみ上げる女の
が、女が身を反らすと、なんだか左右の胸のふくらみの位置が、段違いにズレて見えるのは気のせいだろうか。
女好きのペロピダスは、青いヴェールの女に違和感をおぼえていた。
それでつい、立ち止まったままその女を注視していると、後ろからついてきていた従兵が不思議そうに尋ねた。
「どうかなさいましたか、ペロピダスさま?」
その声に、水をくんでいた青いヴェールの女が、はっとしてペロピダスの方を見た。
こちらを見た女の、優雅に長い
どちらかといえば小柄な女が好みのペロピダスだったが、高貴な宝石のように美しいその目は、青いヴェールの下の顔にがぜん興味をわかせた。
憎いフレイウスのことも忘れ、ペロピダスは、この女の顔を見てみようと足を踏み出した。
そこへ突然、横合いから誰かが飛び出してきてぶつかった。
「あ、すいません、急いでたもんで!」
酒の壺を抱えた赤毛の少女が、にこっと笑った。
おっ、こっちもずいぶんかわゆいではないか、と、好みのタイプの出現に、ペロピダスがでれっとする。
おいおまえ
鼻の下をのばしたペロピダスが口をあけ、声を出す前に、下級兵士たちの宴会場である陣の中央広場へサササッと走っていってしまった。
チッ、と舌打ちするペロピダス。
馬鹿め、この機会に俺さまの目にとまって
それから、美しい目の青いヴェールの女のことを思い出し、井戸へ視線を戻すと、そこにはもう、異国の踊り子のような格好をした女はいなかった。
ペロピダスは手で目をこすった。
幻を見たような、変な気分だった。
眉を寄せて首をかしげるが、やがて軽く肩をすくめ、向きを変えて歩き出す。
奴隷女なんぞ、後でいくらでもつまみ食いできる、それよりも……と、今夜の重大な仕事に頭を切り替える。
そしていよいよ、
大きな
「よくいらしてくださった! フレイウス司令、それに
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