酒宴の始まり 2

「酒宴のことは分かってるって。しっかりやるって」


 と、簡単に答え、横柄に頷くペロピダス。


 その軽率な様子にますます不安になり、念を押すエパミノンダス。 


「アテナイのフレイウスはものすごく酒に強いらしい。


 酒を飲んでも、酔っているのを誰も見たことがないそうだ。


 けれど、それでもおまえが勝てる、というから酒宴を開くことにしたんだぞ。


 わかってるな」


「大丈夫、大丈夫」


「コリントスのプロクテーテス総司令の方は、酒の強弱はわからない。


 あいつは、いくさのときは遅れてやってきて役に立たなかったし、戦後も、スパルタ王族捜索隊を出し始めるのに、2~3日かかるというトロさだった。


 あんなの、待ってられない構ってられないで、結局、まだ本人とは顔も合わせていないが……」


「初対面だろうが何だろうが、飲みくらべなら絶対勝てるぜ。


 この俺さまににまかしとけ!」

 

 ぽん、と胸を叩いて見せるペロピダスに、エパミノンダスが小さく頷く。


「うむ、プロクテーテスのほうは、まあいい。


 気になるのは、やはりフレイウスだ。


 門衛の話によると、フレイウスの奴、革鎧を着込んだ上に軍医まで連れてきている用心深さらしい。


 奴の警戒心を解かせるくらい酔わせて、喋らせるのは大変そうだぞ。


 おまえ、本当に出来るか?」


「しつこいな――。


 心配するなって、酒の席の事なら、万事ばんじこの俺さまにどーんとまかせときゃいいんだって!」


 相変わらずテキトーで、慢心あらわに安請やすうけ合いをする親友に、エパミノンダスは憂鬱ゆううつなため息をついた。


 ぶつぶつ不満げにつぶやく。


「非常に心もとないが、いまだにスパルタの黄金獅子きんじしもアフロディア姫も発見できず、手がかりもないとなれば、手詰まりなことも確かだ。


 やぶでも何でも、覚悟してつついてみるしかないんだが……」


 それから思考を別の方面にのばした。


 (フレイウスを迎えに行って、易々やすやすと連れてきたネリウス、か。


 奴らは4年ほど前に、アテナイでかかわりを持っている。


 そのへんからフレイウスやネリウスの、一連の不可解な行動の理由が出てくるかもしれんな。


 これは緊急に調べさせねば)



                  ◆◆◆



 レウクトラの地の、テバイ本陣。


 とんだ邪魔者ネリウスに迎えに来られてしまい、赤毛の娘の家に行けず、不本意ながら早々と酒宴に来てしまった、アテナイの面々。


 フレイウス、ギルフィ、アルヴィ、軍医マイアンの四人が案内されたのは、主賓用しゅひんように特別に張られた広い天幕である。


 早く着きすぎたため、天幕の中は、赤い敷物の上に大きな長方形のテーブルセットがあるだけの状態だった。


 案内のテバイ兵の姿がなくなると、アルヴィが早速、フレイウスに小声で尋ねた。


「どうなさるおつもりですか、フレイウスさま?」


 天幕の中を点検するように見渡しながら、フレイウスも小声で答える。


「こうなったら仕方ない。


 疑われないよう、ある程度酒宴につき合ってから、目的地へ向かう。


 ただし、我々四人だけでだ。


 酒宴に来た以上、連れてきた兵たちにも酒を飲ませない訳にはいかない。


 禁じても、酒の匂いやうたげの浮かれ騒ぎに負けて、どうせ隠れてでも飲むだろうからな。


 中途半端に酒を飲んだほろ酔い兵など、いざというときには使い物にならない。


 むしろ足手まといになる。


 我々があとで行く場所が気づかれぬよう、いっそ、ネリウスとテバイ側への目くらましに利用することにしよう。


 兵たちには大いに酒を飲ませて騒がせ、何なら明日の朝までもここで厄介にさせるようにして、テバイ側の手間を増やそう」


「はっ! では私は、中央広場で待機させている兵たちに、酒宴が始まったら大いに酒を飲んで騒ぐよう、伝令してきます」


「うむ。そしてそのまま、テバイ陣内の偵察に向かえ。


 ひととおり偵察したら、次はギルと交代だ。


 いいかみんな、兵たちが使えなくなった分、目的地であのかたを発見したら、心してかかれよ。


  打ち合わせどおり、ためらわず全力を尽くして、確保にあたってくれ。


  それからもちろん、ギルもアルもふたりは絶対、酒は飲むなよ。


  マイアンは……」


 フレイウスと双子のあまり温かいとはいえない視線が、白の長衣に軍医用の短い胸鎧をつけた、茶色の巻毛のマイアンにそそがれる。


 細い体で小心なマイアンは、弱々しい笑いを浮かべた。


「あー、私はもう一生、禁酒を誓ったから、飲まないよ」


 フレイウスが厳しい表情で、頷く。


「そうだったな。


 一年半前のあの時、おまえが大いに飲んだ酒が、我々が今ここいる原因のひとつだ、ということを忘れるなよ」

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