災難の夏(フレイウスの回想) 5
必死で逃げるネリウス。
ネリウスがフレイウスに斬られずに済んだのは、ふたりの間にそこそこ距離があったのと、海へ向かって逃げたからだった。
海水を蹴立てて追ったフレイウスの長衣が、水に濡れて足にからまり、がくんと速度が落ちたのだ。
腰のあたりに海水がくるところまで追って、相手が裸で泳いで逃げ、自分が着衣のまま、抜き身の剣を持って走って追うのは無理、と見たフレイウス。
剣をその場に落として沈め、ざぶりと水に入り込むと、見事な泳ぎをみせて、ほどなくネリウスを捕まえた。
殺される危機に瀕しているにもかかわらず、このとんでもないエロ男は、自分を捕まえたフレイウスの水にぬれて透けた薄物姿をを見ると「おお!」と嬉しそうな声を上げて、気色悪い笑みを浮かべた。
フレイウスのほうは、この黄色いゴキブリは
ごぼこぼと激しく泡が上がり、じたばたあがく頭と体を容赦なく押さえつける。
最初は激しく抵抗して暴れていたネリウスも、しばらくすると、だらり、となり、やがて、ぷかりと水に浮かんだ。
そのまま、海藻のまとわりついた汚らわしい体を押して、沖に流す。
フレイウスは本来、決して殺しを好んでいるわけではなかった。
けれども、この黄色いゴキブリを害虫駆除したことについては、少しも後悔しなかった。
少しは
そのあと、剣を回収しつつ浜に向かって……彼の大切な
だがしかし……
ネリウスは生きていた。まさしく、ゴキブリ並の生命力を発揮して。
通りかかった漁船に救助され、息を吹き返したネリウス。
元気になるとすぐ、アテナイ裁判所に出かけ、自分を殺そうとしたフレイウスを訴える、と息まいた。
しかし、私有地に侵入した上、名門貴族アルクメオン家の子息に襲いかかったのであれば、子息を守る警護兵に殺されても文句は言えない、むしろ、命があったことを幸運に思うべきだ、と、裁判官に諭され。
不法侵入と子息への暴行で、逆にアルクメオン家から訴えられる可能性がある、と、代弁士に教えられ、
「もうあなたの面倒は見きれない」
と、世話係だった外交担当の某貴族に見放されると、しぶしぶ、
そして今度は、ティリオンへの
くだらぬ口実を設けて、
ティリオンに会わせてくれないと帰らないー! と、アルクメオン家で一日中ゴネたり、座り込んだりした。
門前払いをされるようになると、へんな手紙やいかがわしい贈り物を山ほど届けてきた。
もちろん、へんな手紙やいかがわしい贈り物は、オレステスやフレイウスらによって全て廃棄され、ティリオンの目に触れることはなかったが。
アルクメオン家の館に侵入しようとしたことは、数知れず。
フレイウスも他の警備兵たちも、このしつこいエロ粘着男を何度も何度もつまみ出さねばならなかった。
ティリオンが医学アカデミーに通っていることを知ると、道で待ち伏せして、ティリオンの乗っている馬車に馬で
「愛してるー」とか「顔を見せてー」とか「熱いキスをー」などと叫びながら、ずっとくっついてくる。
病人や学生を装って、医学アカデミーの中に入り込み、ティリオンに迫ろうとして騒動になったこともあった。
まさかこんな所に?! と思うような場所に出没し、ありとあらゆる手段を使って接近してこようとするネリウス。
そのうちネリウス本人だけでなく、ネリウスに雇われたとおぼしき犯罪請負人たちまで
高額の成功報酬につられて、強引にティリオン誘拐を試みた犯罪請負人の何組かを、フレイウスが捕まえ、雇い主のネリウスを取り調べるも、
「
私は何も知りませーん。こんな人たち知りませーん。」
と、しらを切られる事件が何度かおこった。
とうとうティリオンは、安全と騒動防止のため自室に閉じ込められ、二十四時間体制の厳重な警護がつけられることになった。
おぞましいネリウスにさんざんつきまとわれ、気持ち悪く迫られ、誘拐されかかり、警護兵に絶え間なく見張られる日々。
アテナイ医学アカデミーは休学を
楽しみにしていたわずかな外出は、もちろんとりやめ。
高い木に登って運動場をのぞかれたりするので、武術訓練も中止。
館の庭を散歩することさえ禁じられて、部屋に閉じ込められた15歳の少年は、すっかり元気をなくし、笑わなくなってふさぎ込むようになった。
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