災難の夏(フレイウスの回想) 2

 外交担当の某貴族はネリウスを連れていこうとしたが、ネリウスはだだをこねた。


「いやですぅー。


 あんなお祭り見物なんぞ、もうあきました。いきたくなぁい」


「まあまあ、そうおっしゃらずに。


 昼食にいきましょう。


 祭りを見物しながら、美味しい食事のとれる店を予約しておいたんですよ。


 それに日が暮れたら、ほら、例の『オリオン』へまたお連れしますから」


 と、外交担当某貴族。


 『オリオン』は男娼だんしょうの店だった。


 口をとがらせる、ネリウス。


「んー、『オリオン』もカワイイ子が一杯でいいんだけど、日が暮れて店が開くまで、まだ時間がかかるでしょ。


 それより私は、このかっこいい警備の人に相手をしてもらいたいでぇす。


 昼食に行くなら彼を連れていきまぁす」


 そう言ってフレイウスを指さす。


 びっくりして首を振る某貴族。


「ええっ、そりゃ無理です」


「どーして無理なんですか?」


「彼は、祭りの警備の仕事がありますよ」


「なら、私の警護をするよう変更してくださぁい。


 私は彼が気に入りました。彼をそばに置きたいでぇす」


「いきなり、そんな無茶な」


「あなた、私を理解して最高のおもてなしをする、とおっしゃったではありませんか。


 だったら、私の望みをかなえるべきでぇす」


「いや、言いましたがね。


 それでも、できることとできないことがあって……」


 小指を立てた手に持った手巾ハンカチで汗を拭き拭き、某貴族はネリウスの耳に口を寄せた。


管轄かんかつの違うところの人員を引っ張ってくるのは、難しいんですよ。


 断られる場合が多いし、手続きも煩雑はんざつだし。


 それにこの男は『アテナイの氷の剣士』と呼ばれている、凄腕の将校なんです。


 怒らせて剣を抜かれたら、怖い。


 危ないから近寄らないほうがいいですよ」


 ところがネリウスはそれを聞くと、余計に目を輝かせた。


「おおおお、彼が噂の『アテナイの氷の剣士』なんですか!


 素晴らしい! 素晴らしい!


 以前から、ぜひお会いしてみたかったんですぅー!」


 め回すような視線で、改めてフレイウスを上から下まで無遠慮ぶえんりょに見る。


「おおおっ、言われてみれば異名いみょうたがわぬ清涼なお姿。


 彫りの深い端正なお顔。冷たいあおの瞳。クールなものごし。


 確かに、確かに、『氷の剣士』と呼ばれる人はこの人以外にない!!


 さすがです、素敵です、ゾクゾクします。


 そうと知ったらなおのこと、モノにした……うぷっ、お付き合い願いたいですぅ。


 さあ、氷の剣士さまん、わたしと昼食にいきましょう」


 またしても両手をひろげ、全身からハートを飛ばすネリウス。


 賓客ひんきゃく親睦使節しんぼくしせつだと聞かされたので、表情も変えずに我慢していたフレイウスだったが、この場にいるのもそろそろ限界にきていた。


 秋波を送りまくっているネリウスは無視して、某貴族の方を向いて言う。


「では、私は仕事がありますので、これで失礼……」


「ああん、ダメダメ。


 あなたの仕事は私と昼食をとって、私の護衛になって守ることですよぅー」


 フレイウスの言葉をさえぎって、取りすがろうとするネリウス。


 某貴族があわてて服を引っ張って、止めた。


「危ないですよっ。


 守られるどころか、ばっさりやられたらどうするんですか?!」


「私の心は、もうばっさりやられちゃってますぅ」


「ああああ、全くしょうのない人だ。


 頼むからあきらめてください。


 この男は、任務一辺倒にんむいっぺんとう堅物かたぶつでも有名なんだ。


 口説いたって、無駄ですよ」


 ネリウスはいやらしく笑った。


「お堅い人ほど口説き落とし甲斐がある、ってもんです。


 それにそういう人ほど、一旦落としたら乱れるもんなんですよぉ。


 氷の剣士の、千々に乱れてもだえる姿、うへへへへへ――っ、楽しみぃ――」

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