ひとつの出発 4

 嫌がるソリムを無理やり、酒宴の手伝い交替の言伝ことづてに出した、レジナ。


 彼女は次に、居間の横の姉弟きょうだいの寝室へティリオンを引っ張り込んだ。


 目的はともあれ、ティリオンとふたりで外に出かけられる事が嬉しくて、彼女はうきうきしていた。


「実はあんたに、ちょうどいい服があるんだよ。


 死んだ母ちゃんのなんだけどね、やたらとすそが長くってズルズルしてるんだ。


 ちょっとへんてこな形で「人に見せるな、売るな」って父ちゃんに言われてたから、母ちゃんの思い出を大事にしたいんだな、ってずっとしまっておいたんだけどさ。


 でも、父ちゃんも一年前に死んじまってもういないし、あの服なら、あんたのひょろっ高い背丈でも十分下まで届くから、使っちまおう。


 こんなとこであんな物が役に立つとは思わなかったねえ、はははははは」


 レジナが寝室の戸棚を横に押してずらし、下に敷いてあったペラペラの敷物をめくると、人ひとりが入れるくらいの地下の物入れがぽっかりとあらわれた。


 その物入れには、奴隷村の農家に置いてあるにしては不自然に大きく立派な、宝箱のような形状の衣装箱が入れてあった。


 レジナはティリオンに手伝わせて、その大きな衣装箱を引き上げた。


 膝をついて蓋を開け、中を引っかき回してぶつぶつ呟く。


「あ、こっちの白はすっかり黄色くなっちまってる。こりゃだめだ。


 でも、この紫のはいけるかな……よしよし、これは大丈夫」


 そして、金糸と銀糸で刺繍のある、鮮やかな紫色の衣裳を取り出し、両手で広げて持ってティリオンに見せた。


「今の季節に着るには布地が厚めだけど、我慢しておくれよ。


 薄い生地の白いのが黄色くなって、ダメになってたからね」


 ティリオンは、見せられた衣装を驚きの表情で凝視している。


 レジナは不安になって、ひだの多い紫の衣装を自分の胸にあててみた。


「どうしたんだい? これ、やっぱり変てこかい?」


「レジナ、それはあなたの母ぎみのもの?」


 ティリオンの質問に、レジナは衣装を胸にあてたまま体を揺すった。


「ちょっとぉ! 母ぎみ、なんて大層な言い方、やめとくれよ恥ずかしい!


 あたしの母ちゃん、若い頃は占い師だったらしいんだ。


 スキタイ人の傭兵ようへいだった父ちゃんと知り合って、駆け落ちしたんだってさ。


 それでふたりでこの村に流れて来て、暮らしてたらしいんだよ。


 この服は多分、母ちゃんが昔に占いしてた時の服じゃないかな?


 あたしは母ちゃんがこれを着てるとこ、見たことないんだけどね」


 ティリオンは、紫色の服を胸にあてるレジナの両肩に、静かに手を置いた。


 真剣な表情になって自分の顔を覗き込むティリオンに、レジナの頬が赤く染まる。


「な、なによぅー?


 急にそんなマジな顔して、どうしたんだよぅー?」


 好きな人に両肩に手を置かれ、真剣に見つめられて、レジナの心の中は嬉しい期待で大混乱である。


 (キャーキャー、これってこれって、ひょっとして、愛の告白、とか?


 その服を着たきみが見てみたい。実はきみが大好きになってしまった、とか?


 きみを愛している。その服を着て、今すぐ結婚しよう、とか?!)


 けれどもティリオンは、レジナの期待とは全く違う、思いもよらなかったことを言い出した。


「レジナ、その服は着て行けない。


 そんなものを着て行ったら、デルポイ巫女みこが来た、と大騒ぎになってしまう」


「へ?」


「そうか、やはり何も知らないのだな。


 これは神託しんたくの都デルポイの、アポロン神殿の巫女みこの衣裳だよ、レジナ」


「え――――っ!!」


 ぽかん、と大きく目と口を開くレジナ。


 ティリオンは、太陽と月桂樹が金糸と銀糸で美しく刺繍された、紫の巫女服みこふくに視線を向けながら、教えた。


「私は、デルポイには一度しか行ったことがない。


 だが、これはデルポイのアポロン神の神託しんたくを受ける、巫女みこの衣裳に間違いないと思う。


 それも紫色だと、かなり高位の巫女みこの衣裳のはずだ」


 菫色すみれいろの目を見開き、うつむいて、胸にあてた紫の衣裳を見つめるレジナ。


 震える声で、つぶやく。


「聖なるデルポイの巫女みこ、アポロン神さまの巫女みこ


 あたしの、あたしの母ちゃんが……」

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