ひとつの出発 2
レジナの真意を確かめるかのように、じっと見つめるティリオンの前で、彼女は気落ちした声で言った。
「わかってたんだよ。
あんたは、追われてるお姫さまを見捨てるような人じゃない。
ひどい事を言っちまったあたしを、いやな女だと思ったろうね」
「いいえ、いいえ、とんでもない!」
首を振ってからティリオンは、テーブルを回ってレジナの横に駆け寄った。
彼女の片方の手を取ってひざまずき、ひたむきな目をして見上げた。
「そんなことはありません、レジナさん。
私の方が無理ばかりをお願いしてきたのです。
あなたが怒るのは当然です。
それなのに、本当にもうしばらくここに置いてもらっていいのですか?
怖くはありませんか、レジナさん?」
ティリオンに貴婦人のように片手を取られて、レジナは体中真っ赤になってしまった。
「こ、怖くなんかあるもんなかい。さっきはちょっと、あわてただけさ。
けど、ここにいるのなら、その、レジナさん、ってのはやめとくれよ。
レジナでいいよ、レジナで。水くさいじゃないか」
ティリオンは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「では、レジナ。
お言葉に甘えさせていただきます。ありがとう!
私の最高の感謝をあなたに、レジナ」
目を閉じて軽く頭を下げ、敬意をこめてレジナの手を自分の額にあてるティリオン。
最高の愛ならもっといいんだけどねえ、と思いながらレジナは、赤毛の頭と同じ色になった顔で、ニッと笑った。
感謝の礼を終え、頭を上げたティリオンは、別の事を思って心底ほっとしていた。
「助かります。
私が兄王さまを捜しにいく間、姫さまには、ここに隠れていていただくのが一番安全でしょうから」
「何だってっ!」
びっくり仰天してレジナは椅子から飛び上がり、立ち上がった。
その拍子に離れてしまったティリオンの手を、はなはだ惜しく思いながらも、あわてふためいて言う。
「兄王さまって、ようするにスパルタの王さまのことだろ?
あの、あの噂の、スパルタの
「はい」
「お姫さまよりも、かかわったらもっとやばそうなのが王さまなんだよっ!
なのに、その王さまを捜しにいく、って、あんた正気かい?!」
「はい」
肯定して、ティリオンも立ち上がり、アフロディアを叩いてしまった自分の右手を恥じるように左手で覆った。
「兄王さまの行方不明は、私にも大いに責任があるのです。
姫さまは狙われていますから、危なくてとても連れては行けません。
ましてや、まだ熱のあるようなお体です。
捜しにいく、というよりは、まず情報集めに出かけるつもりです」
大切な兄王を、あれほど捜しに行きたがったアフロディアを、叩いてまで止めたティリオン。
その上、あの時
レジナはしばらく唖然として、ティリオンを見ていたが、やがてあきれ返って笑い出した。
「ははははははははっ、あんたにゃ負けた。
ああああ、負けた、負けたよ。 どうせ止めたって無駄なんだろうからね。
よぉしっ、こうなったらとことんだ。
このあたしが一丁、手を貸してやるよ」
威勢よく胸をぽん、と叩くレジナ。
ソリムが青くなって叫ぶ。
「姉ちゃん、何言ってんだよっ。
やめてよっ。そんなこと、できっこないよっ」
「手を貸してもらうといっても……」
ティリオンも不安げである。
腹をくくったレジナは、
「あたしにいい考えがあるのさ。
ほら今夜、テバイ陣で
アテナイ軍とコリントス軍のお偉いさんをテバイ本陣に呼んで、勝ち戦のお祝いをするんだってさ。
そんでもって村の女を半分、手伝いによこせ、ってんで、くじ引きをしたんだ」
「でも、でも、姉ちゃんは当たらなかったんだろう?」
と、怯えた声でソリム。
レジナは肩をそびやかした。
「だから、当たった誰かと替わってやるのさ。
行けばお金をくれるし乱暴はしない、って約束だけど、あてになりゃしない、ってみんな怖がってるから、誰でも喜んで替わってくれるよ。
で、
みんな色々と口を滑らすさ。
行方知れずのスパルタの王さまの話も、たんまり聞けるだろうよ。
どうだい、いい考えだろう?
あたしと一緒に酒盛りにもぐり込もうよ、ティリオン」
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