アテナイ本陣総司令官天幕 3

 がたん! と音をたてて立ち上がったフレイウスを、双子が驚いて見上げる。


「どうかしましたか?」


「フレイウスさま?」

 

フレイウスは中空を睨んで、考え込んでいた。


(では、私が川からすくい上げた服は、誰のものだ?


 弟が10歳で体格が小柄では、どう考えてもあの服は大きすぎる。


 もちろん、ギルが見ていないだけで、他にも家族がいる可能性はある。


 服の寸法からいってかなり上背うわぜいのある人物……父親か、兄か。


 恋人や夫の服を洗っていた、という場合もありえる。


 だかしかし、血のしみの残っていたあの服は、ティリオンさまの体格にも合う!)


 フレイウスは、ゆるめていた革鎧の金具を留め直し始めた。


「よし、今からあの赤毛の娘の家に行ってみる。おまえたちも準備しろ」


 目を丸くして立ち上がった双子が、口々に言う。


「あの娘の家にティリオンさまがいらっしゃる、と言われるのですか?


 スパルタのフォイビダス将軍と、テバイのダリウスがいたんですよ」


 と、ギルフィ。


「あの辺一帯は、テバイ兵がスパルタ残兵狩ざんぺいがりをして、さんざん捜し回った後の場所ですよ、フレイウスさま」


 と、アルヴィ。


 フレイウスは薄く笑って、双子を見た。


「甘いな。


 スパルタのフォイビダス将軍とテバイのダリウス小隊長がいたから、ティリオンさまはいない、と考えるのは早計そうけいだぞ、ギル。


 むしろ、それが目くらましや先入観となって注意が逸れ、本来なら気づいていた重大な手がかりを見落としてしまっているかもしれない。


 それに、ティリオンさま自身を捜しているわけではなく、報奨金ほうしょうきん目当てにスパルタの残兵狩ざんぺいがりをしているテバイ兵の雑魚ざこなどに、そう簡単にあのかたは見つかりはしないぞ、アル。


 ティリオンさまは我々の、あれだけの熾烈しれつな追跡を、ここまで見事に振り切ってこられたのだからな。


 あのかたは手強てごわい。我々が思っていたよりも、ずっとだ。


 そこのところしっかりと肝にめいじなおして、周到しゅうとうに行動しないと、見つけることも捕まえることもできないぞ」


 双子が真剣な顔で頷き、フレイウスも真剣な顔になって頷き返して、続ける。


「しかし今回は、私がおまえたちの知らない情報を持っていた。


 あの赤毛の娘が、ティリオンさまの体格に合いそうな服を洗濯していて、その服に血のしみが残っていたんだ。


 私がそのしみのことを尋ねると、赤毛の娘は、洗濯桶せんたくおけに入っていた包帯共々ともども、手斧で怪我をした弟のものだ、と思わせるような言い方をした。


 だがギルの報告から、その服が、腕に怪我をした10歳の弟のものにしては大きすぎる、ということがわかった。


 娘は私に、弟以外の家族の話はしなかった。


 あとをつけたギルも、小柄な弟以外の家族を見ていない。


 そこで、ティリオンさまの体格に合いそうな服は誰のものなのか、調べに行く、というわけだ。


 確実、と言えるほどの根拠ではない。疑わしいだけだ。


 けれども、調べに行くだけの価値はあると思う。


 そして調べに行く以上、万全ばんぜんの準備をしていったほうがいい。


 もしかしたら、ティリオンさまを相手にすることになるかもしれないのだからな」


 行動する、と決めたときの緊張感をみなぎらせて、フレイウスはきびきびと命じた。


「ふたりとも、奇襲をかけるときの動きやすい軽装備をしていけ。


 ギルフィ、陣内の氏族系列の兵の中から、すばしこく、命令の呑み込みのいいのを10人ばかり選んで集め、その兵らにも奇襲用の軽装備をさせろ。


 捕縛ほばく用の縄も持たせておけ。


 アルヴィは、軍医のマイアンに私の所に来るよう声をかけてから、兵たちに乗らせる足の速い馬の手配と、弓矢の用意だ。


 弓は速射そくしゃ用の小弓で、三本。


 矢は三十本程度。私と、おまえたちふたりの分だ」


 双子は硬直した。


「ええっ、弓っ? まさかフレイウスさまっ!!」


「まさか私達に、ティリオンさまをてと?!」

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