獅子の行方 2

 床に座りこんだままうつ伏せになり、背を丸めて大声で泣き続けるアフロディア。


 その前でティリオンも力なく、くたりと床に両膝をついた。


 そして深く後悔して、自分を責めた。


 (私は……私は、なんとひどいことをしてしまったのか。


 つい先日、大切な人々をたくさん失い、強いショックをうけ、深い悲しみのさめやらぬ少女を叩くなど……)


 涙にくれる少女の背におおいかぶさるように両手を回し、苦悶の表情で唇を嚙む。 


 (仕方がなかった、というのは言いのがれだ。


 あんな密談を聞けば、兄ぎみを心配して、姫さまでなくても取り乱すのは当たり前だ。


 もっと早くにそれを察して、こんな事になる前に薬でも飲ませて、落ち着くまで眠らせるなり何なり、するべきだった。


 私が悪い、私の手落ちだ)


 このことは結果的に、叩かれたアフロディアよりも叩いたティリオンのほうが、精神的に大きなダメージを受けることになっていた。


 少女の背を撫でながら、一生懸命にあやまるティリオン。


「ごめんなさい、ごめんなさい、痛かったですか? ごめんなさい。


 私が悪かったです。本当にごめんなさい」


「う…え…えっえっ……あにうえさまに会いたい……えっえっ……」


「しっ、しーっ、そのことはまた、後で話しましょう。


 どうかもう泣かないで……お願いです」


「いや、いや、あにうえさまがいい、あにうえさまのほうがいい……あにうえさまのところにいく……えっえっえっえ……」


「ごめんなさい、アデア、ごめんなさい。


 泣かないで、どうかもう泣かないで、ね」


「うっう……あにうえさまー……あにうえさまー……うっうっうっ…えっえっ…」


 ティリオンが頭や背を撫で、いくら謝って優しい言葉をかけても、アフロディアは兄を呼んで泣き続けた。


 そんなふたりの様子に、レジナはすっかり腹を立てていた。


 実はさっき、彼女は弟のソリムから、アフロディアがスパルタ王女である、という話を居間ですでに聞いており、その点では、隠そうとするティリオンの努力は全く無駄だったのだ。


 とうとうレジナは足を踏みならして前に出て、怒鳴った。


「いい加減にしな!


 スパルタのお姫さまか何だか知らないけど、べたべた甘ったれるんじゃないよっ。


 ティリオンもそんな虫女むしおんな、もうほっときなよ!」


 驚いて、レジナを見上げるティリオン。


 アフロディアがスパルタ王女であることをずばりと言われ、その顔は引きつっている。


 怒鳴られたことにアフロディアも驚いて、涙に濡れた顔を上げて振り向いた。


 軽く足を開いて立ったレジナは、左手を腰にあて、右手のひとさし指をアフロディアに向かって突きつけた。


「いいかいお姫さん、あんたひとり勝手な事ばっかし言うんじゃないよ!


 ティリオンがあんたの命を助けるために、どんだけ苦労したかわかってんのかい?


 おっそろしい敵兵が一杯いる中を、気を失ってるあんたをここまで運んできて、自分もあちこち怪我してんのに、熱を出してるあんたのことを夜も寝ないで看病したんだよっ。


 そうでなきゃ、あんたなんかとっくに死んじまってるんだよっ!」


「ちょっ……レジナさん、ちょっとまってください……」


 うろたえて言いかけるティリオンに、ばっ、と右手のひらを向けて押しとどめるレジナ。


 そして腰を曲げて上体を低め、あっけにとられているアフロディアの前に顔を突き出し、ぎゅっと睨んで続けた。


「あたしはね、スパルタ人なんてほんとは大っ嫌いさ!


 あんたらは国中くにじゅう全員、兵隊なんだろ。


 兵隊は乱暴でいくさ好きで、欲しいものは力ずくであたしらから奪い取っていく、ひどい奴らなんだからね。


 国中くにじゅう全員ひどい奴ってことじゃないか!


 け、けど、ティリオンだけはあんたらの国でも……そのうー……いい人だ。


 だからっ、そのいい人のティリオンに頼まれたからっ、あんたもに家に入れてやったんだ。


 あんたなんか、なんだよっ。


 でも、こんな恩知らずのわからずやの姫さんだったなら、でもやめときゃよかった!


 あんたみたいな自分勝手なわがまま女、あたしゃ大、大っ嫌いなんだからねっ。


 そんなに外に行きたいんなら、とっととひとりでどこへでも行って、とっ捕まっちまいな!」


「やめてください! レジナさん、これには事情があって……」


「まて、ティリオン!」


 ティリオンを押しとどめたのは、今度はアフロディアの声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る