密談 2 *
黒いフードを脱いでフォイビダスが顔を見せたとき、アフロディアは驚きのあまり声をたてるところだった。
彼女の背後から
ティリオンとアフロディアは、ダリウスの太い第一声を聞くなり、ふたりともが軍家で育ち軍事訓練された機敏さで、台所に行った。
そして、息の合った連携で素早く柱をよじ登り、家の
この時代のギリシャの下層階級の住居には、外壁に窓がある家は少なかった。
レジナとソリム
かわりに、屋根に『カプノドケー』あるいは『カプネー』と呼ばれる開口部をいくつか設けて、採光と換気と排煙を行っていた。
この開口部を家全体で共有するため、各部屋の仕切りは屋根まではなく、
台所の隅っこの暗がりの
その上、ボロ家の
ふたりは、
全ての部屋を調べてきた兵士の報告でやっと安心したフォイビダスは、全身を
下から現れたのは、スパルタ将軍の軍鎧である。
ティリオンは、アフロディアが声を上げそうになった理由を理解した。
彼はスパルタ王宮にいた頃、いらぬ危険を避けるため、できるだけ人と会わぬようにしていたし、ましてやエウリュポン王家の者と出会うような場所にはいなかった。
だからフォイビダスの顔は知らなかったが、その軍鎧を見れば、男が何者であるかは
(スパルタのフォイビダス将軍、というわけか。
あの月と獅子の紋章は、スパルタ・エウリュポン王家一族のしるしだ。
そして相手の隻腕の男の、
つまり、エウリュポン王家はテバイと内通し、アギス王家を裏切っていたのか。
確かに、そうでもなければ、強豪スパルタ軍を相手にたった1日という、あまりにも早い圧倒的すぎるあの勝ち方は、説明できない)
ティリオンの頭に、エウリュポン王家のアゲシラオス王の
強く唇を噛みしめるティリオン。
(心配し、親切にした相手に裏切られていたとは……
さぞや、さぞやご無念でありましたろう、クレオンブロトスさま。
知らなかったとはいえ、アゲシラオス王を元気にする薬を調合した私も、エウリュポン王家の陰謀に加担したようなものだ。
クレオンブロトスさま、あなたに私は、何といってお詫びすればいいのか……)
居間では、マントを脱いで椅子の背にかけ、ダリウスの向かいがわに座ったフォイビダスが、非難めいた口調で話し始めていた。
「それで一体、どうしてくれるつもりだ!
必ず
「うーむ、こんな事になろうとは、この俺とて思ってもみなかったのだ」
そう答えたダリウスは、左手をのばし、無意識にもう無い右手を
いまいましげに言う。
「畜生っ、まさかこの俺さまが右手を失くすことになろうとは!」
――――――――――――――――*
【※
人物紹介
● ティリオン(19歳)……アテナイ人。
スパルタ王女アフロディア姫と恋に落ち、『レウクトラの戦い』でスパルタが敗戦したため、姫を連れて戦場を逃げている。
● アフロディア姫(15歳)……ふたつの王家のあるスパルタ王国の、アギス王家の王女。ティリオンの恋人。
『レウクトラの戦い』で、スパルタは敗戦。逃亡中。
● フォイビダス将軍……ふたつの王家のあるスパルタの将軍。エウリュポン王家のアゲシラオス王の甥。わし鼻が特徴的。
野心家で、テバイのダリウスと闇取引しているもよう。
【※二王制軍事国家スパルタには、アギス王家とエウリュポン王家のふたつがあります】
● ダリウス(28歳)……テバイ軍総司令官ペロピダスの三弟。熊のような巨漢。
『レウクトラの戦い』で、アフロディア姫の兄、クレオンブロトス王に右腕を斬り落とされ、隻腕。
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