川辺にて 4

 あおい目の男は、低い穏やかな声で尋ねた。


「きみは、このあたりに住んでいる者か?」


「そうだよ」


 湿っているティリオンの服を胸に抱きしめ、緊張して返事をしたレジナを、男はさぐるように見つめた。


「どうだ、スパルタ兵はいないか?」


「いないね」


「いつもは見かけないような、怪しい者は?」


「いつもは見かけない怪しい者、って言われてもさ、同盟の兵隊さんや、賞金稼ぎの傭兵らしいのが、あっちこっちにたくさんいてうろついてるだろ。


 そんなヤツら、いつもなら見かけないだろ。


 怪しいっていやぜんぶ怪しいし、よくわかんないね」


 毎度の、スパルタの残兵狩ざんぺいがりをしている兵にきかれたときと同じ調子で、レジナは答えた。


 男は続けて問う。


「では、同盟軍の兵で、きみらに迷惑をかける者はいないか?」


 おや、この軍人、なかなか物のわかった奴かも知れない、と思いながら、レジナは軽く肩をすくめた。


「うんまあ、迷惑な奴もいるけど、我慢できる程度だからね」


「そうか」


 男は小さく頷き、頃合いを見計らうように、少し間を置いた。


 それから、慎重な声色こわいろで切り出した。


「では、あらためて尋ねたいのだが……


 こんな男は見なかったかな?


 若い男だ。年は19。髪は銀色で、目は透き通るような緑。


 非常に整った、美しく優しげな顔だちをしている。


 筋肉質でほっそりとした体格で、身長は高いが……この私よりは、少し低い。


 そういう男は見なかったか?」


「………」


 レジナの心臓は、ばくばくと早鐘を打ちはじめていた。


 膝頭ひざがしらががくがくしそうになるのを、必死でこらえる。


 この男の言う若い男とは、ティリオンに間違いなかったからだ。


 記憶を探るふりをして、目を逸らす。


 男が鋭いあおい目で、自分の様子を観察しているのを痛いほど感じた。


 とても恐ろしかった。


 けれどレジナは、ティリオンを強く想って、勇気を奮い起こした。


「さあ、知らないねぇ。


 さっきも言ったけど、テバイ軍の兵隊やら同盟軍の兵隊やら傭兵ようへいやら、わけの分かんないのがたくさん、うろうろしてるだろ。


 あっちこっちによそ者が一杯でさ、ホントのところ誰が誰なんだか、あたしらにはさっぱりわかんないんだよ。


 よそ者の兵隊はみんなおんなじように見えるしさ、区別できないんだよ」


 迷惑そうなレジナの声を聞いても、男の口調は落ち着き払って静かだった。


「私の尋ねているその男は、区別できないような男ではないのだ。


 非常に目立つ、美しい男で、芸術的、と言っていい容姿の人物だ。


 女はもちろんのこと、誰が見ても目を見張るほど印象的だ。


 一度見たら、そう簡単には忘れられないほどにな。


 それでも、おぼえがないかな?」


 レジナは、もっと迷惑そうにぶっきらぼうに聞こえるようにと、努めた。


「悪いけど、あたしら貧乏人は忙しいんだ。


 いくら目立ってたって、ゲージツ的? とかだって、よそ者のことなんかのんびり眺めてたり、いちいちおぼえたりしちゃいられないんだよ、軍人さん」


「………」


 男は黙って、レジナをじっと見た。


 恋の力をもって勇気をふりしぼり、レジナも男を睨み返した。


 暑い日差しの中、あたりの木々からは降るような蝉の声。


 足元からは、川のせせらぎのさらさらと涼やかな音。


 無言で対峙たいじするふたり。


 やがて、男は穏やかに笑った。


 意外なほど表情が優しげになった。


「そうか、残念だ。


 仕事の邪魔をして、悪かったな」


 思ったより簡単に男があきらめそうなそぶりを見せたので、レジナもほっとして笑った。


「いいんだよ。力になれなくて、すまなかったねぇ」


 ところが不意に、男は、レジナの足元の洗濯桶せんたくおけを指さした。


「そこのおけに、包帯がかなり入っているな。

 

 さっき私がすくい上げた服にも、血の跡があった。


 誰か、怪我人がいるのか?」

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