川辺にて 3

 レジナは、自分と年も近いし、何より女どうしだということを強く主張して、何度もしつこく金髪少女の看病と世話を申し出た。


 が、他のことでは常にひかえめで優しいティリオンが、これだけはがんとして譲らず、険悪な雰囲気になりそうになって、レジナがあきらめた。


 ティリオンに嫌われたり、出て行かれるのが怖かったのだ。


 けれど、いずれ金髪少女の体がもっと良くなり、テバイをはじめとする敵軍の包囲網や捜索の手がゆるんでくれば、ティリオンがこの地を脱出するつもりであることは分かっていた。


 (でも、それはもっと先のことだよ。


 兵隊は相変わらずうろうろしてるし、今晩テバイ陣で、同盟軍のおえらいさんたちを招いて酒盛さかもりまでやるらしいから、同盟軍もまだまだ、引き上げるつもりはないんだ。


 そうしているうちに、ティリオンもここが気に入って、考えを変えるかもしれない。


 居心地がよければ、ずっとここで暮らしたくなるかもしれないじゃないか)


 レジナは楽観的に考えるようにしていた。


 (ルンルン ~♪ 今夜の夕食はあの人に、何を作ってあげよっかなー。


 ティリオン、あたしの作る料理「とってもおいしい」って言ってくれる、へへっ。


 あたしって結婚したら、きっといいおかみさんになれると思う。

 

 亭主に尽くして、幸せにしてやるし、子供もいっぱい産んで、可愛がる。


 貧乏かもしんないけど、あったかいにぎやかな家庭をつくるんだぁ)


 恋する乙女レジナは、自分の思い描く幸福の未来図にうきうきと浮かれ、鼻唄を歌いながら洗濯にせいを出していたのだった。


 そのため、急に後ろから男の声がしたとき、驚いて飛び上がってしまった。


「失礼する。尋ねたいことがあるのだが」


 びっくりして、ぴょこんと立ち上がったレジナは、濡れた石に足を滑らせよろめいた。


 バランスを取ろうと広げた手指の間から、すすぎをしていた服が落ちた。


「ああっ!」


 自分が転ぶのは避けられたものの、服は川の流れに落ち、くるくると流されていこうとしていた。


 ティリオンがここに来た時、ぼろい革鎧の下に着ていた貫頭衣かんとういだ。


 ティリオンの刀傷の血が ついて、しみになって落ちない部分もあったし、穴もあいてぼろぼろだったから、もう服として彼に着せるつもりはなかった。


 ただ、洗っておけば布として、他の用途に使える。


 大きな影が凄い速さで、レジナの横を駆け抜けた。


 ひらり、ひらり、と、水面から顔を出している石づたいに跳んで、あっという間に流れてゆく服に追いつき、すくい上げる。


 そしてまた、羽根が生えてでもいるかのような身軽さで、ひらり、ひらり、と下流の川岸に戻った。


 レジナは目を見張った。


 それはとても背の高い、長い黒髪の男だった。


 彫りの深い、整った横顔。


 背中にはさっき一瞬、大きく広がって翼のように見えた、夏用の薄い肩布がふわりとかかっている。


 どこの国のものかはわからなかったが、優美なデザインの高級そうな革鎧が、男が高いくらいの軍人であることをレジナに教えた。


 男はどうした訳か、すくい上げた服をその場で一振り、二振りして水を切り、両手でぴん、と張って中空に広げた。


 そして真剣な表情でためつすがめつ、広げた服を点検し始めたのである。


 レジナはぽかんとして、それをしばらく眺めていたが、やがてぷっと吹きだした。


 一目でくらいの高い将校と分かる立派な軍人が、洗濯物の汚れ落ち具合を一生懸命調べているような姿に、つい、可笑おかしくなってしまったのだ。


 すると、男はレジナの方を向いた。


 レジナは、男の氷のようなあおの目を見た。


 さっきまでの可笑おかしさは、みじんもなく消し飛んだ。


 ティリオンの服を手に、男は歩み寄って来る。


 レジナは、がむしゃらに逃げ出したい衝動にかられたが、男の冷たいあおの目は、彼女をその場に凍りつかせていた。


 レジナの前まで来て、男は服を差し出した。


「驚かせて、すまなかったな」


 レジナは黙って頷いて、服を受け取った。


 男はふっ、とわずかに笑った。


「怖がる事はない」


 冷たい目が少しやわらぎ、レジナは、知らず知らずのうちに止めていた息をついた。

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