第二章 テバイ本陣総司令官天幕
テバイ本陣総司令官天幕 1 *
土砂降りの雨は、朝日と共に、からりと上がった。
『レウクトラの戦い』が終わった、翌日の朝。
テバイ本陣の総司令官天幕の中。
レウクトラ戦線、テバイ軍総司令官のペロピダスは、怒りの表情で腕組みをし、天幕の中央に
ごつい体に、
角ばった野性的な顔だちで、頭髪とつながった濃い
彼は、総司令官天幕の隅にうずくまるひとりの人物を、無言のまま恐ろしい顔つきで
ペロピダスの三弟ダリウスは、二メートルを越える毛深い巨体が、熊のような印象を与える巨漢である。
見かけに
頭のほうはあまり良さそうでない、
そのダリウスが、いじいじと情けない様子で巨体を丸め、32歳の長兄ペロピダスに
熊のごとき巨漢のそんな姿は、あわれというより、もはや
そしてダリウスの、毛むくじゃらの左の手で大事そうに抱えられている、丸太のような右腕は、
ぐるぐると巻かれてある包帯に、大きく血がにじんでいる。
彼の右腕を斬り落としたのは、もちろん、スパルタの
やがてダリウスは、兄に
「
間違いない……奴は死んでいる」
「……」
「確かに、確かに手応えがあった。
腹をくし刺しにしたあの傷は、しがみついてた兵もろともだったにしても、致命傷だったはずだ」
「……」
「俺とてテバイでは、『恐怖の熊爪』と、名のある剣士。
相手を
戦場から集めた、あの死体の山を調べれば、奴の死体は必ず出てくる。
信じてくれや、
ダリウスの言葉にも、兄のペロピダスは黙って
昔から、自分より少し利口な兄に頭の上がらないダリウスは、びくびくして、斬られた腕を治療したあと着せられた、白い特大の
しばらくして、天幕にひとりのテバイ士官が入ってきて報告した。
「申し上げます、ペロピダスさま。
ご命令どおり、敵の死体、味方の死体とも、すべてを集めてあらためて調べましたが……
スパルタの
これを聞いてダリウスが青くなり、あわてふためいて大声を上げる。
「そんなっ!!
そんなはずはないっ。もう一度調べてみろ!
俺は確かに、スパルタの
この手で殺したんだ!」
腕組みをといてペロピダスが、つかつかとダリウスに近寄った。
革の
うぎゃあ!! と叫んで、転がるダリウス。
「いてぇっ!
ペロピダスは転がったダリウスを追いかけ、どかっ! どかっ! とさらに蹴りつけた。
ぎゃあっ! うぎゃぁっ! と、痛みに悲鳴をあげ、ますます丸くなる巨体に向かって、初めて口を開いた。
「俺さまの命令を無視して、自分ひとりで勝手なマネをしやがってぇっ!
このっ、このっ、無駄メシ食いの、ウスラ馬鹿がっ!
絶対に手出しをするな。
くっそ――っ!
――――――――――――――――*
【※
ここで『ギリシャ物語』の時代について、ごく簡単に説明させていただきます。
(ご考までに、です。
以下、お読みにならなくても、ストーリーに差しつかえありません)
紀元前433年頃 ペロポネソス戦争が起こる。
(ペロポネソス同盟盟主スパルタ VS デロス同盟盟主アテナイ)
⇩
長い戦争なだけに、色々なポリスがからみあい、紆余曲折あり。
ペロポネソス戦争の途中で、アテナイの指導者ペリクレス、疫病で死亡。
⇩
紀元前404年頃 スパルタ勝利、アテナイ降伏。
約30年にわたるペロポネソス戦争が終結
⇩
コリントス戦争が起こる。
(スパルタ VS コリントス、アルゴス、テバイ、アテナイの四大ポリス同盟)
⇩
9年後、コリントス戦争終結。
スパルタ勝利、四大ポリス同盟敗北。『ペルシャ大王の和約』が結ばれる。
⇩
ペロポネソス戦争が終わってから、30年以上、ギリシャの筆頭ポリスとして、スパルタが力をもつ。
⇩
紀元前372年 ←『ギリシャ物語』『ギリシャ物語 外伝 ~旅のはじまり~』
⇩
紀元前371年 『レウクトラの戦い』で、無敵といわれたスパルタが敗北。←いまここです『ギリシャ物語 Ⅱ』
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