第2話

世界は心地よい嘘で満ちている


それが本当ならどれだけいいか…


真実は残酷だ…


信じたくない…でも目を背けるな


あの人が目指した世界にあんなものは要らない…


ーーーーーーーーーーーーーーー

ホテル滞在2日目

名城は今日も不在だ

「ちょっと!弟村君!君には主体性が無いのかい?!」

「名城さんに頼まれたのでね」

「だからって毎度毎度こんな所まで一緒にくるかな!」


ここはクラントベイホテル18階の共有トイレ個室

松田はどうにか弟村を撒きたいようだが

トイレの個室前に弟村が立っている

ラウンジ、レストラン、トレーニングルーム、館内プール等全てに弟村が着いてくる


「ねー!もういいよ!雇い主がいいって言ってんの!いい加減しつこい!クビにするよ!ほんとに!」

「社長からクビを言い渡されるより名城さんに怒られる方がよっぽど怖いので」

弟村は淡々と言った


「あぁもう!分かったよ!どこも行かないから!約束するよ!ホテルから出ない!」

個室から項垂れた松田が出てきた

「もう負けたよ…」

「そろそろお昼ですね、今日はルームサービス?それともたまにはレストランでも行きますか?」

「なんでもいいけど楽しい話題で僕をもてなして…」


17階には中華料理、鮨、天ぷらの3店あった

「社長、どれにします?」

「…君の食べたい物でいいよ…」

もう逃げ回るのが疲れたのか諦めの境地だ

「うーん…中華にしましょうか?NYでも鮨は食べられますが本格的な中華までは無理ですからね、さっ、行きましょう」


中華料理「四星飯店」

日本で良くメディアに紹介される為かランチタイムでもそこそこ人は多い

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「ムサイ男2人組」

不貞腐れながら松田が答えた

案内係は一瞬困惑したが

「かしこまりました、それではこちらへ」


案内された席は4人用の四角いテーブルだったがそれが松田は不服らしい

「ねー?なんでグルグル回すあれないの?あれないと雰囲気出ないじゃん」

本当に人を困らせる天才だ

「お客様申し訳ございません、円卓のお席は只今埋まっておりまして…」

「えー!ヤダー!丸いのグルグルしたい!」

「こちらで結構です、すみませんこの人こういう人なんで」

弟村が割って入った

案内係は安堵の表情をうかべ

「それではこちらにお願いします、ご注文お決まりになりましたらお呼びくださいませ」

「…この人こういう人ってどういう事?」

松田が小声で言った

「別に、そのまま申し上げたまでです」

「?まぁいいや、好きな物食べていいよー」

「ありがとうございます」


ーーーーーーーーーーーー


他の卓は楽しそうだ

それに比べてウチは…

弟村との食事が嫌では無い

弟村が無口過ぎてつまらないのだ


「あのさ?なんか喋りなよ」

松田はフカヒレの姿煮を白飯に載せて食べた

「会話はしていますが?」

弟村は麻婆豆腐を五目チャーハンに載せて口に運んだ

「あのふぁ…きほぉんぼくひぃか…」

「口に物入れたまま喋らないでください」

弟村は的確だ

「ゴクン、基本僕しか喋ってないじゃん、弟村は僕に聞きたいことないの?」

「……では…社長、名城さんってどういう経歴なのですか?」

「椿ちゃん?そんな事聞いてどうするの?」

「私もそれなりにその筋の人間を見てきたつもりです、それを承知でお尋ねします、何者なのですか?あの人は?」

弟村は真剣だ

「それを知って弟村君はどうする?辞める?僕の所?」

松田はジャスミンティーを飲みながら答えた

「そうは言ってません、あの人は只者ではないです、断言していい。」

弟村は言い終わるとデザートの杏仁豆腐を口にした

「僕も知らないよ」

「ブバァッ!はぁ?」

杏仁豆腐の欠片が飛んできた

「きったな!飛ばすなよ!マナー違反だぞ!」

「知らないんですか?!」

「うん、知らない」

「気にならないんですか?!」

「うーん、昨日からどこに行って…」

「そこじゃない!護衛の経歴が謎とか貴方色々大丈夫ですか?」

呆れ口調と怒り口調の間で弟村は喋った

「ん?なんで僕が怒られるの?そう言うけど僕は弟村君の経歴も知らないよ?」

「面接した時持参したでしょう?!」

「僕別室から顔しか見てないのよ、椿ちゃんがちゃんとデータ見てたから椿ちゃんが大丈夫ってんなら大丈夫なんだよ」

「その経歴を知らない椿さんをなんでそこまで信用するんですか?!」

「うーーーーん?なんでだろうね?わかんないや、強いて言えば僕の事考えてくれるからかな?僕はね椿ちゃんと同じくらい弟村君も信用してるよ」

「はぁ?」

「弟村君も僕の事を考えてくれる、だから僕も君を信用する、立派な理由だと思うんだけどねぇ」

弟村は訳が分からないといった顔した

「もし私が社長に不利益な事をしたら…」

「給料が不満なら倍払うよ」

「ですからそう言う事ではない!私が裏切り者だったらどうするんですか?」

弟村はテーブルを軽く叩きながら言った

「ちょっと!やめてよ、そういう事するの。僕が怒られてるみたいじゃん…仮に…そうなったら…椿ちゃんが僕を守ってくれるよ、それに…」

「それに?」

「弟村君はトイレまで僕を心配してくれるくらいだからね、もしそういう人ならあの時やるよ、それに僕の食事なんかに毒を入れたりするタイミングなんて腐る程あったよね?今僕が無事なのが答えだよ、そもそも弟村君や椿ちゃんが僕に不逞を働いたらそれはそれって諦めるかな、人間何やっても死ぬ時は死ぬもんさ。なら諦めが肝心だよ、それに…」

「それに?」

「僕のわがままを受け入れてくれる人を信じたいじゃない、やっぱり」

「名城さんがもし…過去の行いで追われるような事とかあった場合は社長はどうするつもりですか?私はごめん蒙りますね」

ズズズズ…

ジャスミン茶を飲み干して答えた

人にマナー違反を指摘できる人間ではない

「それは…それで面白いよね!僕と椿ちゃんならどこまでも逃げるさ、その為に弟村君もいるしね、弟村君は僕を見捨てても椿ちゃんは見捨てないよ、僕にわかる!」

どこからそんな自信がくるのか謎である

ヤレヤレと言った感じで弟村は首をふった

「まともに聞いた私が…いいです、お食事も済んだし帰りますか?それとも18階でクレープシュゼットでも食べますか?」

「まだ食べるの?僕喋り疲れたから部屋に帰りたい」

と言い口を拭き出支度を整え

「ではお部屋に参りましょう」


弟村はそういい社長とテーブルを後にした


ーーーーーーーーーーーー


豊袋の北口、喫茶「公爵」の角席で2人組の男がなにやら小声で喋っていて封筒とカバンのやり取りをしていた

用事が済んだのか封筒を持った1人が店を出る


男は喫茶「公爵」を出て左へ、台湾料理店と男性用マッサージ店を抜け横断歩道を渡り歩道橋を超えると有名なホテル街だ

もちろん男女が一時を楽しむ用のホテルだらけ

この時間のホテル街は人通りがまばらだ、それもそうだ、こういうホテルを利用する時はなるべく人に会いたくないだろう

男は建物から出てくる男女を羨みながら歩き路地を曲がった瞬間に


「動かないで」

背中に大きな氷があるかのような冷たさと声がした

男はポケットから手をだし両手を上げながら

「なんだよ!」

「動かないでって言った、次は警告しない」

「…何が目的だ…」

「さっき受け取った物を出しなさい」

「…女か?お前?」

「そんな事は問題じゃない、出さなかった場合は貴方を動けないようにして奪うだけ…」

「…や、やめろ、分かった…出すよ…」

「貴方は動かない、私が取る、どこにしまったの?」

「胸ポケットだ」

後ろから胸ポケットを触り封筒を確認した瞬間絞め技を決めた

男は両手を数秒バタバタさせたがぐったりした


封筒の中身を確認後、人の気配を感じたので

「もぅ…そんなになるまで…私店に帰らなきゃだから、また指名してね。」

と絞め落とした男をビルの壁に寝かせその場を立ち去った


ーーーーーーーーーーーーーーー


松田がノートパソコンを弄っていた

「ねー椿ちゃんまだ帰ってこないの?」

「そんな事私が知るよしないでしょう?気にかかるなら社長ご自身で連絡してみては?」

弟村は文庫を読みながら答えた

「そう言えばさ?この前の商談で行った所ってメキシコのここ?」

弟村に画面を見せた

「そうですね、それが何か?」

「…別に…気になっただけ、コロナビール飲みたくて」

「そんなもんルームサービスで取れば良いしょう?」

「現地で飲むからいいんだよ」


1638号室のドアが開いた

「ただいま戻りました」

「おかえりーーー!椿ちゃん!もぅどこ行ってのさ?弟村がずっーーーと僕に付きまとってて大変だったんだよ」

松田が満面の笑顔で迎えた

「名城さんおかえりなさい」

弟村はいつも変わらない

「弟村さん、お世話ありがとうございました、この人大人しくしてました?」

「いえ、全然」

「すみません、面倒押し付けて」

名城は弟村に深々と頭を下げた

「…あのね?君たちちょいちょいサラッと失礼な事言うね」

松田が割ってきた

「事実ですから」

「事実です」

「もう好きにして…」

「そう不貞腐れない不貞腐れない、お土産ありますよ?ほら」

名城が渡したのは行列必須の流行りのプリンだ

「わぉ!やったね!椿ちゃんありがとう!ん?椿ちゃんは買い物言ったんだよね?何買ったの?」

「お店まで行ったんですけど欲しい服の色がなくて」

「1日かけて?ふーん…じゃあ今度僕が一緒に選んであげるよ、プリン食べるから紅茶注いでくれない?」

「社長みたいな服のセンスゼロに選んでもらわなくても結構です、弟村さんも紅茶いかが?」

「自分もお願いします、ありがとうございます」

「人の事なんだと…でもやっとこれで安心だよ」

そういい松田はテレビをつけた

チャンネルをコロコロ変えていて珍しくニュースで止めた

「おや?社長もそういうの見るんですね?」

弟村は文庫を読む手を止めて言った

「そりゃ見るよ、世の中の動きをちゃんと知っておく為さ」

「大方女子アナ目当てでしょ?この方タイプですもんね?」

名城は全部分かっていた

「違うよ!もぅ…でもこの人美人だよねぇ」


「次のニュースです、本日午後6時過ぎ頃、豊袋繁華街で男性の遺体が発見されました、男性の名前は無職 長田 剛 41歳、風俗店や飲食店が入る雑居ビル管理人が帰宅する時に通用口から発見したもようです、警察では事件事故両方で捜査する方針との事です、次はスポーツの話…」


「相変わらず東京も物騒だねぇ…あれ?このプリンのお店ってたしか…豊袋だったんじゃない?」

「そうですよ、ここと関東には千葉とかですね」

「ふーん…何もなくて良かったねぇ、でも椿ちゃんならなんて事ないか?強いもんね?椿ちゃん」

「褒め言葉として受け取っておきますね」

「褒めてる!めっちゃ褒めてるよ!」


軽く松田に会釈をして名城は紅茶を注いだ

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