第8話 世界の終わりと誓い
あれから数週間が経った。仕事は行かなくちゃいけないから、どうにかこうにか行っている。よりによってどうしてこの仕事なんだろう。高校生の姿に佐々橋さんを思い出しては苦しくなる。
昼休みにスマホを確認する。髙木さんに送った連絡は、既読のまま何も返って来ない。あれから一度も会えていない。近場とはいえ生活圏も時間帯も違うから、とは思うも、心配だった。ため息と一緒に鞄に戻した瞬間、部屋の扉が突然開け放たれる。
「ニュース見ました!?」
「えっ!?いえ!」
「どうしたんですか?」
所内は騒然。しまったスマホを再度開く。ニュース系は通知を切っていた。
「なにこれ……」
隣の席の山井さんもスマホを見ている。私も絶句した。見出しは“謎の生命体が侵略を予告”。写真は――これはきっと、アズライト関連だ。そうすぐにわかるくらいの煌めき。よく読めば、石に変えられるとかなんとか。国を上げて対応しようとしてるみたいだけど、あまりに未曾有の戦争すぎる。
学校からはとりあえず早めに帰ってねとだけの通知。子供達は部活停止らしい。とはいえ、まだ本当に戦争ってわけじゃない。しばらくはいつもの生活の延長だろう。学校はいつ停止していつ再開するかわからないけど。私達は私達で仕事が溜まっている。
帰宅後、ベッドの上でスマホを開く。ニュースサイトはどこも同じ。謎の生命体の話。
「あっ」
……どうやら、戦っていた人間がいたこともネット上ではばれ始めているようだ。変身のおかげで身バレはしてないみたいだけど。でも、仲間だと思われたら厄介だな。少しためらって、今度こそ髙木さんに電話をかける。意外にもすぐ出てくれた。
「鈴藤です。ちょっと久しぶり」
「鈴藤さん……。すみません、連絡もせず」
「ううん、気にしないで。私こそ何回もごめん。でもちょっと状況が変わったみたいだったから」
「ニュース見ました。大変なことになりましたね」
「うん。あと、私達のこともちょっと話に出てるね」
「ばれるのも時間の問題ですかね?」
「うーん、変身してたから大丈夫だとは思うんだけど……」
「確かに。ちょっとSNSとかチェックしときますね」
「ありがとう」
「私達、何か動いた方が良いんですかね?」
「髙木さんは、正直どうしたい?」
「……えっと……」
沈黙。さっきまで頼もしいほど返ってきていた言葉が止まる。吐息が聞こえる。絞り出される小さな声。
「……ほんとはそんな気持ちじゃないです。滅びるならそれでも良いくらい」
……ほっとした。
「だよねえ」
思わず同意と、苦笑がこぼれる。
「え、鈴藤さんもですか?」
「私は別に、世界のためにとかやってたわけじゃないし」
「どうして戦ってたんですか?」
「行き掛かり上。でもその後……佐々橋さんが戦い始めたから」
「……そうだったんですね」
今世界を守ったところで、もう佐々橋さんはいない。それでも彼女は楽しかったと笑った。それで良かったと言った。あんなことを言わせる世界なら、無くなったって良いんじゃないか、なんて。そんなやけくそみたいな発想。
「ありがとうございます」
「えっ?」
「私、鈴藤さんと出会えて良かった」
「どうしたの、突然」
「いえ、言いたくなったので」
「あ、ありがとう。もったいない言葉だよ」
「私、昔、大好きな先生がいたんです。だからよく理科準備室に入り浸ってた」
「え、うん」
「でもその後、逮捕されていなくなった。女生徒に手を出した~って、一番詳しく教えてくれたのはネットニュースだった」
「……そうなんだ」
「私は色々相談してて大好きだった。でも先生はどうだったのかなって、違う目的だったのかなって、ずっと考えてる」
「……」
「鈴藤さんはちゃんと私達を心配してくれた。守ろうとしてくれました。だから、そういう大人に会えて良かったなって」
髙木さんが笑うのが電話口でわかる。
「えへへ、変なこと言ってごめんなさい。でも私は嬉しかったので」
「ううん、こちらこそ嬉しい」
そういえば、あまりお互いの話を深くまでせずにここまで来てしまったように思う。佐々橋さんだって、もっといろいろ話せたのかもしれない。
「きっとこの後、色々大変なことになると思う。学校も仕事も止まったら……またどっかで会って話さない?何にもならないかもしれないけど」
「ありがとうございます。ぜひ。私、鈴藤さんがどうしてそんなに素敵なのか、聞きたいです!」
「あはは、何も無いよ?」
「えー?」
「それじゃまたね」
「はい、また!」
笑い合って電話を切る。口許に残った笑みが消える。……そう、何も無い。髙木さんみたいな過去とか、佐々橋さんみたいに辛い経験とか、特に。ちょっと期待の重いーーだからこそ物凄く応援してくれる、私にはあんまり合わなかった家族がいるだけ。
あの電話から数週間。本格的に侵略が進み、学校が休止され、私達の仕事も一旦止まった。お店や医療は動いているけど、営業していないところも随分増えたように思う。
携帯が震える。あのお店もやってないから、髙木さんとの待ち合わせは道端だ。"もう着きます"の文字。夕方。街の至るところが、妙に輝いている。アズライト達のせいだ。結局、彼女達はあの獣達の国だけでは飽き足らず、私達の国にもエネルギーを求めて攻めてきた。人間を使うことの便利さを教えてしまったのは、きっと私だ。
始めから、アズライトの手を取った時から、きっと間違っていた。私があそこで彼女を見捨てれば良かったのに。
「……鈴藤さん?」
「あ、髙木さん。こっちだよ」
顔を上げる。物流が不安定だからご飯にも誘いにくくて、家に呼んでしまった。そこそこ片付けたはずのワンルーム。
「お邪魔します」
「どうぞ」
「わ、絵飾ってある。お洒落」
「そう?」
「あ、これ飲み物です。適当に」
「わざわざありがとう」
簡単に食事を取って、飲み物を飲んで、他愛ない話。最近どう?なんて、わかりやすい日常会話が途切れて、ふと小さな沈黙。カシャンと固い音。あの宝石だ。
「……髙木さん」
「あの、私、戦おうかなと思って」
「え?」
「どうせこのままやられるくらいなら、最後までちゃんとやろうと思って。きっとなごみちゃんならそうするから」
それは私もそう思う。そう思うけど。
「それなら私がやる。髙木さんは逃げてよ。危ない。お願い」
「何でですか」
「子供を戦わせたくない」
「私はもう大人ですよ、法的には」
「大学生は子供だよ」
髙木さんがこちらを見据える。
「私は鈴藤さんにちょっと救われた。だから、なごみちゃんみたいに、頑張って頑張って頑張れる子を応援したいと思った。だからほんとはこのまま教員免許取ろうと思ったんです」
「そっか、教育学部だったもんね」
「それこそ成り行きで選んだんですけどね。でも今は良かったなって。まあ、大学もどうなるかわかんないですけど」
窓の外に視線が向けられる。夜の割には、光が反射して眩さがある。こんな景色にも慣れてきてしまった。
「こうして自分の未来が見えているの、良いなって思うんです。だから、立ち上がるしかなち」
「……そんなの、止めるに止められないじゃない」
「だと思った!」
「あっわかってたの?!」
笑い合う。一頻り笑って、それで、しょうがないなあって。
「いいよ、でもさ、私も行かせて」
最早触り慣れた石に指を添わせる。いつでも変身はできる。宝石は肌身離さず持ち続けてしまっていた。
「せめて髙木さんのこと、最後まで守らせてよ」
諦めて、一生懸命だけではいられなくてここまで来たけれど、せめて最後はかっこいい大人でいたい。憧れてくれた彼女に、私を、大人を見せてやる。
「やっぱ鈴藤さん、かっこいいです」
「そう見えるように頑張ってるからね」
怖くないわけじゃない。過去の精算とかでもない。ただ、私が彼女達と出会ってそう在りたいと思ったから。髙木さんの後ろ、お洒落と誉めてもらえた絵が見える。昔自分で描いて、唯一気に入っていたもの。私がまだ情熱を持ってきらきらと頑張っていた頃のもの。もう人生にもちょっと疲れて、そんな気合いなんて無くなっちゃったけど。せめて、このくらいは。
……出来ないかもしれないけど、挑戦しないのは違うよね、佐々橋さん。
もうすぐ世界が終わる日に 鶴屋麻葉 @yamadukiii
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