第7話 決戦

世は休日。私達の決戦の日。

相手も何かを考えているのか、この数日は特に何も無かった。丁度良い。

人気のない公園。ひとけ、というか本当に人気にんきがない。なぜなら先日壊されて、案外すぐに直してはくれたものの、遊具がまだ全然無い。親にとっては危険で、子供にとってはつまらない。そして私達にとっては、多少の関係がある場所。ここでアズライトを出してしばらく待ってみる。髙木さんには隠れていてもらって、2人で。それこそ戦う練習とか相談とか、そういう雰囲気を出して。来なければ撤退して後日。来れば――

「随分無防備じゃないか」

「!」

来た。

「こんなところにいたかよ」

「今日こそ倒す!」

「貴方こそ、静かだったじゃない」

今にも戦闘を始めそうな佐々橋さんを制して前に出る。髙木さんと話し合ったこと。無理でも、一回話してみようって。アズライトは多分反対するから、相談していない。

「お願いだから、もうやめない?」

「はあ?」

「あなた達の目的は何なの?」

「だからそいつだって言ってるだろ!」

「アズライトを捕まえてどうするの?」

「ひより!何してるの!?」

アズライトが悲鳴を上げる。気にせずもう一度、彼を見る。

「で、どうするの?」

「……俺達の国はもう滅びかねない。隣国であるこいつらの必要リソースがでかすぎるからだ。だから姫様の1人でも捕まえて、交渉にでも脅迫にでも、実際リソースにしてでも………うまく使わなくちゃいけねえ」

意外と静かに話す。傷だらけの手。ただ瞳だけが爛々と輝いている。

「俺には……俺達には、後が無い。死ぬか殺されるか、奪うかだ!!」

声と共に距離を詰められる。ステッキをかざして光を出し、間を作る。視線を向けるが早いか、髙木さんがすぐに駆けつけてくれた。

「なっ……!?」

「いくよ、せーの!」

「くそ!!」

掛け声の直後、光を出す前に突っ込んで来た。気迫に一瞬怯んだ、それが駄目だった。彼の年季の入った爪が、佐々橋さんを貫いた。

「なごみちゃん!!」

髙木さんの悲鳴が響く。動かなかった思考と身体が、その声に弾かれる。今やらないと、本当に全てが無駄になってしまう!佐々橋さんには髙木さんが行った。私がやるべきこと、やれることは!

「あああああ!!」

渾身の力で、全てを込めるように振り下ろす。この状況に衝撃を受けているのは私たちだけじゃなかった。反応が遅れた獣の心臓辺りに、ステッキの先が刺さり込む。

「う、ううっーー!」

絞り出すような声を残して、光が包み込む。どうにか目を開けて見れば、獣の身体が端から崩れていく。

「クソッ!俺はこんなところで!嫌だあああーー!」

断末魔が消えていく。本当に全ての力を込められたからなのか、すぐに変身が解けた。どっと疲れが押し寄せる。けどそれより今は!

「佐々橋さん!」

「鈴藤さん……なごみちゃんが……」

髙木さんの腕の中で淡く光っている。輪郭が曖昧だ。薄らと、それこそさっきの獣のように、端がもう見えない。佐々橋さんの目が薄く開く。

「佐々橋さん、大丈夫!?今、救急車を……」

「……2人とも……わたしと………ちゃんと話してくれて、ありがとうございました……」

「なごみちゃん喋っちゃだめ!」

「わたし………それでも、こうやって………これで、よかったと思います……」

佐々橋さんが笑う。その些細な身動ぎで、光が崩れる。

「たのしかったなあ……」

「ささ……っ!」

名前を呼ぶ前に、身体が消え去った。冷たい風が吹き抜けて、光を散らしていく。カラン、とあの石が落ちて、つい視線がそちらに向いて、もう一度戻した時には。

「嘘……」

言葉が出ない。心臓がひどく速く動いているのを感じて、私が生きていることが強調されているようだった。

「……ごめんなさい、私のせいだ……。私がこんなこと提案しなかったら……」

髙木さんがぼろぼろと泣き出す。

「ううん、違う、違うよ……」

どうにか彼女を抱き締める。髙木さんのせいじゃない。後悔。もっとうまくやれたら。ううん、せめて、未来ある彼女じゃなくて、私だったら、まだ。

「2人とも、ありがとう!」

場にそぐわないきらきらした声。振り向くと綺麗な身体、綺麗な笑顔。

「これで私はきっともう狙われない。だから、元の国へ帰るわ!」

「……そう」

薄々思っていたけれど、この子とは価値観が違う。きっと彼女に悪気は無いのだろう。それが一番厄介だ。

「あなたは悲しくないの?なごみちゃんはあなたを守るために戦ったんだよ!罪悪感とかないの!?」

髙木さんが叫ぶ。尤もだ。

「どうして?」

「――っ!」

「髙木さん、いいよもう。いいんだよ」

「う、ううう……」

「そうだ!前に言ってたようにそれはあげるわ。それじゃあ、さよなら!」

嘘みたいに目の前からアズライトが消えた。始めから何も無かったみたいに、感傷も未練も残さず、鞄とあの石だけが置かれている。

「鈴藤さん……どうしよう……」

泣き続ける髙木さんに、すっと頭が冷静になる。私が動かなきゃ。彼女達の前では大人でありたいと、そう思って戦って来たんだから。

「……髙木さん、行こう。ここにいても、野次馬が来かねないだけだよ」

抱えるように立たせて、道を外れる。少し進めば、いつものカフェの近く。

「……ちょっと落ち着いてから帰ろう」

「はい……」

ちょうど奥の席が空いている。適当に飲み物を2つ頼む。温かくて甘いものを。髙木さんは明らかに憔悴している。当たり前だ。とりあえず、一旦落ち着かないと。落ち着ける気がしないけど。

「大丈夫?」

「……」

「じゃないよね」

「はい……」


「私は……この鞄を警察に持ってく。落とし物ってことで。佐々橋さんはきっとそのうち、行方不明扱いになると思う。髙木さんの情報は漏らさないつもりだけど、もし何か連絡が来たら……そうだね、ちょっとした友人ってくらいにしてくれるとありがたい」

「はい……」

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