第5話 憧れに出会う

今日が木曜日で良かった。授業が一番最後のコマまであって、バイトも入れない日だから。用事で遅くなっても問題はない。でも決してこんなことを予想して空けた曜日ではないのだ。

私は今、人質にとられている。しかも相手は人には見えない。黒いライオン?ライオンにしては野性味が強い。ついでにそれっぽい匂いも強い。

「奴を寄越せ!この女と引き換えだ!」

わかるのは爪がものすごい凶器然としていること。すなわち、危険。とはいえここで動くのもきっと危険なんだろう。正直頭がついてこないけど、助けてくれそうな人はそこにいるから余計なことはしない方がいいのかな。

「ど、どうしよう……!」

滅茶苦茶焦ってるけど、大丈夫かなこれ。全身黄色で纏めた可愛らしい女の子。隣になんか光るのを連れている。少なくとも私よりは年下に見える。こういう存在の子は大概中高生のイメージだけど、実際やっぱりそれくらいなのかな。

「待たせてごめん!」

「鈴藤さん!」

「状況は?」

「あの子が捕まっちゃって」

「ラピスラのと交換だ!それ以外は認めない!」

「ひより~~……」

今度はピンク。淡い桃色に近い。スカートは長くて動きにくそう。風に舞うレースの隙間からヒールが見える。……年上?

「あなた、厄介な戦い方するようになったわ」

「ハッ、光栄だね。で、どうするんだ?早くしろ」

桃色の人がこちらを見る。私はどうしたら良い?このままじゃ……どうなるんだ?

「助けるよ、そんなの」

迷い無い言葉が胸を打つ。燻っていた恐怖が少しだけ静まってくれた。歩み寄る姿が変わった。普通の人だ。大人だ。

「鈴藤さん!それじゃアズライトが!」

「人の命には代えられない」

心臓の鼓動がいやに大きく感じる。どうしよう、でも、良いんだろうか。

あの人が浮いているキラキラ光る……人?を手に取る。何か話しているらしいことは見えたけど聞こえなかった。

「そうだ、そのままこっちへ来い!」

「急かさないでよ」

お姉さんが大股で進む。真っ直ぐ相手を見ている。顔が見える位置。普通の大人にしか見えない。オフィスカジュアルが風に揺れる。

「寄越せ」

「交換は同時。さもないとアズライトを私の力で壊す」

「チッ、それくらいは呑んでやるよ」

回されていた腕が外れる。ほっと息が漏れて、ずっと詰まっていたことに気づく。身体が押し出されると同時に、目の端で光る何かを渡すのが見えた。

「光れ!」

「うわああああ!!!」

光った。それはもう物凄く。目を開けていられず、何が起こったかはよくわからない。手に感触。引っ張られる。

「逃げるよ!」

「は、はいっ」

声の方へ身体を向けて走り出す。光が晴れて夕闇が帰ってくる。どこへ向かっているのかわからないまま、繋がれた手を信じる。助けてくれたんだから、そりゃ信じるに値する。足に力を入れる。まだ体力は落ちてないはず。走って走って、橙色の空が消え始める頃。住宅街の途中、見渡しても知ってる家は無い。どこまで走ったんだろう。

「とりあえず、大丈夫かな?」

手が離される。やっと近くで顔が見れた。私を助けてくれた、大人のひと。

「あ、あの、ありがとうございました!」

「怪我はない?」

「おかげさまで」

「はー、良かった」

息を整えながら、ロングヘアーを纏めたヘアクリップを付け直す姿は、あまりに普通の女の人すぎて、さっきのピンク色の人とはあんまり繋がらない。むしろ隣の女の子の方がわかる気がしてしまう。あ、高校生だったんだ。制服見たことある。上のほうではないけど、リボンが可愛いから中々人気が高いとこ。

「鈴藤さぁん!ありがとうございました!私だけじゃどうしたら良いかわかんなくて……」

「あはは、年の功ってやつかな」

「でもびっくりしたわ!本当に私のこと渡すのかと思っちゃった!」

「信用ないなあ」

不思議な光景。高校生と社会人と、なんか光ってる小さい子が話してる。ついでに私は大学生なので属性はコンプリート?あと中学生がいればいいのかな。

「あっ!あんまり上手に助けられなくてごめんなさい!」

「い、いえ!」

高校生が突然こちらに話を持ってきたのでびっくりしてしまう。そんなに気にしないでほしい。それよりも。

「あの、さっきのは何なんですか?」

「えーっと……」

「私を追ってきた敵よ!」

「光ってる……」

小人だ。こんなん本当にいるんだ。狼みたいな敵は、もしかしてこんな鉱物みたいのも食べちゃうんだろうか。絶対歯ごたえすごすぎる。

「最近、このあたりの公園が壊されたりしてるのは知ってる?」

「あっ……はい。聞いたことあります」

「それがさっきの奴。この子の言ったように、狙って来てる。私達は行き掛かり上それを助けてるようなものか

な」

端的な説明、納得はできた。正直まだ信じられない気持ちも大きい。

「さて、遅くなっちゃったし帰ろうか。佐々橋さん、勉強は明日で良い?」

「はい!」

「あなたも、今日は怖い思いして疲れたでしょ。早く寝てね」

優しい言葉に心が少し落ち着いて、すごいなと思う。ちゃんと人を慮れる大人。大学生にもなると大人が完璧じゃないこともわかってくる。大人って、私達の地続きだ。でもこういう……ちゃんと子どもを守ろうとする大人。こういう人になりたい。

「あの……もし良ければ、私も協力はできませんか?」

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